第55話 二つの三原色

――――ホワイティア城 巨大図書室。


「ふむふむー、なになにー?」


 リムは一人、図書室で本を読み漁っていた。辺りの本棚は、先日のシラルドとの戦いで荒れたままである。そんな中、本を何重にも重ね椅子代わりに座っていた。


「ライカ……この世界はライカって言うのか。んでここがジャンパール島、今いるのがホワイティアでー。南東にロングラス大平原、その先にブラキニアか。大凡位置関係は似ているな」


 開かれたページには、以前シラルドに渡された物と同様の地図が載っていた。ページをペラペラとめくり、左角を擦っていたリム。口を尖らせ、眉間には皺が寄っている。


「光と色……か。普通、光と敵対するって言えば闇ってイメージなんだけどなぁ」

「そうね、そっちの世界じゃその考えが普通かしらね。ウフフ」

「でもこっちの常識は違う、と。あくまで色が根底にあるんだよなあ」

「あら、驚かないのね」

「こういう事に首を突っ込む時は大体出てくるんだろ? 流石に慣れたよ」


 後ろからゆっくり歩いてくる黒法師くろほうしに驚きもせず、本を見つめながら会話を続けた。


「いい兆候ね。もっと身近に感じてほしいわ。ウフフ」

「なんかいやらしい発言に聞こえたのはオレだけかな?」


 黒法師はどうぞお好き、と言わんばかりに肩を竦めた。


「んで、虹の聖石レインボーウィル鍵の石板キープレートってこの世界にどう関係があるんだ?」

虹の聖石レインボーウィルは読んだ通りよ。光の三原色である三つの石の力によってこの世界の均衡を保っているの。だけど鍵の石板キープレートに関しては、まだ謎が多くて私にもハッキリした事は分かってないの」

「じゃあ分かってる事だけでも」

「それはその本にも書いてあるでしょ。その位の知識しか私にも無いわ」

「うーん……」


 リムはページを再び捲り、鍵の石板キープレートの情報を漁った。


「でもよー。虹の聖石レインボーウィルだけで均衡が保てているなら、鍵の石板キープレートの存在意義が無いよな」

「何故鍵の石板キープレートが均衡に関係すると思ったの?」

「ふむ……」

鍵の石板キープレートはね、世界の知識と言われているの。だけど、それを読み解いた人は未だいない。というか読めないのよ」

「読めない?」

「ええ。文字通り石板なんだけど、何も書かれていないらしいわ」

「何も書かれていないのに、なんで読み解こうと試みたのかが分からないね」


 再び口を尖らせ、頭から煙が立ち上っている。


「さあ、なんででしょうね。ウフフ」

「その意味深な笑い、やめてくれる? 増々混乱するんだけど」

「あらごめんなさいね。貴方がこの世界に興味を持ってくれる事が楽しくて、ね」


 にこやかに振る舞う黒法師は相変わらず不気味である。彼女は何を知り、何の意図でリムを導くのだろうか。


「とりあえずだ。この世界を知る為にも旅に出る必要がある訳だが、目的が無いと動きようが無いなあ」

「あら、既に決まってると思ってたわ?」

「なんのこっちゃ?」


 リムは目をパチくりさせ、左手を頭に持ってくる。左角を擦る癖が付いた様だ。


「既に何回か接触してるじゃない。むしろ貴方自身、大いに関係があるわよ?」

「んーハッキリ言って欲しいなあ」


 黒法師は擦られている角を見て微笑んだ。


「そ・れ・よ。ウフフ」

「角? あ! 黒軍こくぐん、ブラキニアか!」

「ええ、この国ホワイティアは白色。つまりは?」

「つまりは……?」

「貴方が自分で言ったんじゃないの。白は光の三原色の集合だって。じゃあ黒は?」

「あああッ!! 分かったぞ! なんで光と色が争うのか。白は光の三原色の集合、黒は色の三原色の集合か! 白と黒っていう現世の常識に囚われていたよ。敵対しているのは光と闇じゃなくて二つの三原色、つまり光と色か!」

「正解っ」

「基本的なこの世界の知識を漸く分かった気がするよ! 面白くなってきたっ!」

「ウフフ」


 リムは図書室を駆け回り、様々な文献を読み漁っていった。光に関する事、色に関する事。黒法師の姿は既に無く、ただひたすらに本を読み漁っていった。



――――――――――



 時間を忘れ、気が付けば外は既に暗く、夜空には星が煌めいていた。


「ふああああ! 疲れたっ! お腹空いたなあ、そういえば夕飯って準備してくれてるのかな。昨日の今日で大混乱だったからなあ」

「リムさん、こちらでしたか」

「ん? ああ白王はくおうだいこ……エミルか」

「またその名前で!」

「ごめんって!」


 ムスッとするエミルをなだめ、要件を聞く。


「朝から何も食べてないと思い、料理長に夕飯の準備をさせておきました。良かったらどうですか?」

「ダンガは大丈夫なのか?」

「ええ、漸く落ち着いたので一度治癒色操士ちゆしきそうしに任せて来ました」

「それは良かった。女性から食事の誘いをされたんじゃ断れないなあ」

「勘違いしないで」

「けっ! 冗談も通じやしねえ」

「大食堂へおいでください」


 エミルは不機嫌そうに大図書室を後にした。


「とりあえず英気を養うか」


 リムも山積みの本を掻き分け、図書室を後にしたのだった。

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