第53話 傘を差す理由
ドラドラの悲痛な咆哮が玉座の間に響き渡った。左翼が胴体から引き裂かれ、閉じ切らない口からは涎が滴り落ちる。
「ドラドラッ!!」
「だい……じょうぶよ、このくらい……」
「フン、片方の翼だけで助かったと思うなよ。オルドールに加担した愚かな娘よ。
ロンベルトは、再び巨大な光の刀身を天へと伸ばす。無慈悲に振り下ろされた光の刃は、ドラドラの胴体を両断すべく更に光を増した。
「ご主人様っ!」
残る右翼をタータに覆い被せ、必死にロンベルトの攻撃から守る。しかし、無残にもドラドラの右翼は、光の刃によって切断された。
グァォオオオオ!!!
「所詮獣よ、醜く喚く」
「ドラドラぁッ!!」
両翼を削がれたドラドラは、瀕死の状態ながらも必死にタータを庇う。
「ドラドラもういいから! 後は任せて!」
「ごめんなさいご主人様。ちょっと限界の様だわ……」
ドラドラの消耗は激しく、敢え無く巨体は崩れ落ちた。
「よくもドラドラをー! 許さないからね!」
「お前も腕も削がれたいか、良いだろう」
またしても光の刃を形成し、構えるロンベルト。これをタータが受ければ片腕など生半可な被害では済まないだろう。しかし、タータの目はしっかりとロンベルトを見つめ、正面から対抗する構えを見せた。
「面白い。苦しませずに両断してやろう」
「タータ……だ……め」
ドラドラの咆哮で目を覚ましたミルが届かない叫びを上げる。巨大な光の刃はタータ目掛けて振り下ろされた。
しかし、光の刃がタータに迫った瞬間、ドラドラの尾がタータ目掛けて薙ぎ払われる。無意識に主を守ろうとしたのだろうか。既に気を失っているはずのドラドラは、再び庇うかの様に動いたのだ。
タータを吹き飛ばし、光の刃はドラドラの尾を切断する。
「キャーッ!!」
吹き飛ばされたタータは石柱に強く身体を打ち付けられ気を失う。
「死に損ないの獣が……」
オルドール勢の戦力は、ロンベルトによっていとも簡単に敗れていった。
ロンベルトを前にして全員が成す術無く倒れている。ただ一人を除いて。
「なかなか酷くやってくれるね、ロンベルト」
共に行動してきた者達がやられ、残るはリムのみ。既にリムには遅れて参上したヒーローなどという感情は一切無く、ただただ仲間と思っている者の酷い有様を目の当たりにし、心穏やかでは無かった。
落ち着いた様子だが、目は白く変色していた。右手を前に出し呟くリム。
「
「お前! これはッ!」
「ああ、ロンベルト。お前の
あの白い、何もない空間である。玉座の間に居たはずだが一瞬で、周囲が無の空間へと塗り替えられる。
「ええい! 忌々しい転移者め!」
頭上に右手を上げ、光の刃を形成しようと色力を込める。しかし、光の剣が形成されていない。
「何故だ!?」
「ロンベルト……色って知ってるかい? オレは知ってる。気付いたんだ、この世界の色っていうモノをね」
「何を訳の分からない事を」
「ああ。この世界に産まれ、何も疑問に思わず理とやらに従ってきた人達には疑問にも思わないんだろうね。RGBって知ってるかい? 白とは……光の三原色の集合。お前のその光の刃と、オレのこの空間は同化している。つまりだ、ロンベルト。お前の力はこの空間の中じゃ発揮できない」
「なッ!?」
いくら色力を込めようとも具現できない光の刃。徐々に焦りを見せるロンベルトだったが、平静を保つ為に深呼吸をした。
「フン、お手上げだな。どうやら上には上がいる様だ」
「そりゃどうも」
「色力ではなっ!!」
ロンベルトは油断を誘い、己の剣で物理的な攻撃に出た。リムへと突進を始め剣を振り上げた。しかし、ロンベルトの剣はリムへと到達する前に止まり、身体が硬直する。
プンッ。
突如、視界が真っ暗になり今度は周囲一帯が真っ黒になる。
「
「ッ!?」
「オレは光と色の三原色を併せ持つ
時既に遅し。空間に沈んでいく足元に気付く事が遅れたロンベルト。
「な、何をした!?」
「改心するまでそこに居てもらうよ。沈め!
「や、やめろォッ!」
ロンベルトの叫びも空しく、やがて身体は空間内へ完全に沈み込んでいった。
――――――――――
フッと一息つき、黒い空間を開放するリム。元の玉座の間に戻ったそこには、ワナワナと慌てふためくシラルドの姿があった。
「ふう、さてと。どうする? 図書室のおっちゃん」
「ご、ご勘弁を! 私なんぞロンベルト様が居なければ何もできない老いぼれです! どうか命だけは!」
「オレもそんな野蛮じゃないよ。でもね、二度とオルドールに関わるな」
「は、はいぃぃ!」
リムの表情はいつになく真剣であった。怯え切ったシラルドは言うが早く、玉座の間から去っていった。
「リムちん……」
「大丈夫かミル!?」
「大丈夫じゃない……エヘヘ☆」
「笑う余裕があるなら大丈夫だな」
「う……ん。ありがと……リムちん。ありがとう……ありがとう……」
感情を表に出すだけでも酷く痛む身体に、必死に鞭を打つかの様にミルは続けた。
「こんな、ミルでも。滅んだ一族の為に戦ってくれて……ありがとう」
「良いって事よ。この世界に来て初めてできた友達だろ?」
「友達……か。エヘヘ」
僅かに微笑むだったが、その表情は必死に涙を堪えていた。
「悪いな、遅くなって」
「ううん、いいの」
「オレは……」
リムは深呼吸をし、ミルを見つめた。
「オレは雨に打たれる友達に傘を差したい。だけど雨を全て防ぐなんて大層な事は出来ない。足は濡れるし、それに雨に打たれたら涙が隠れてしまうだろ?」
「うん……」
「……辛かったな」
「……ぅ……うわああああん!!」
その言葉を聞き、堰き止められていた感情がミルから溢れ出た。
「やっと見れたな。オレはその涙に、悲しみや苦しみに気付ける為に傘を差そうと思う」
ゆっくりとミルへと手を伸ばし、リムは優しく微笑んだ。
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