第42話 考えている暇は無い

――――白星はくせいの泉。


 オルディアは、オルドール家とハック家に関する対立をリム達に伝えていた。


「あやつらの中に記憶を操作する者がいる可能性がある。四兄妹全ての記憶を改変する事でホワイティアの手足としていたのだろう」

「でも馬の姉ちゃん。白王はくおうのリリがいる以上、ハック家は本当の意味でここを制する事が出来ないんじゃ?」


 リムはオルディアに疑問を投げかけた。


「勿論そうだがロンベルトは、今が機と思っておろう。ロンベルトより力のある奴は今はいないに等しい。ましてや現白王の行方不明、これを機と思う他は無い」

「と、いうと?」

「まずは城の中にいるエミルを殺害または人質にし、お前ら兄妹を誘い出すだろう。その後、全員を殺したうえで白王なきホワイティアとして再び君臨するのだ」


 描いた様なシナリオだった。しかし、記憶を取り戻さずこのまま城へ戻れば、容易に兄妹達を殺す事はできる。勿論、知略にも優れたロンベルトは二手三手と策を張り巡らせているだろう。

 だが自分達以外を失ったと思っていたドーム達に、生き残った家族が居ると知った以上何もしない筈がない。


「オ、オルディア様。その話が本当ならば、オレ達は直ぐにでも城に戻らなければならない。妹達を、エミルを救わなければ!」

「ああ、どちらにせよロンベルトがお前達に牙を向くことは明白。行くがいい」


 ドームがゆっくりと息を吸い、再び足元に視線を落とす。


「リム……お前には関係の無い話。だがオレ達だけでは到底太刀打ちできない。恥は承知の上! お前の色力を見込んで……助けてくれないか!」


 俯き、歯を食いしばっているドームは返答が怖かった。両の拳を強く握り締め、リムの返答をただひたすらに待った。


「白星様。その話、本当なの?」


 気が付けば黒法師くろほうしの姿は無く、後ろから気を失っていたミルと付き添っていたタータが桟橋を進んできた。


「私が嘘を付いて何の得がある。少なくともオルドール家は私の子孫だ。オルドールに害する者は可能な限り排除する」

「でも白星様はここから動けないんでしょ? 魂なんだよね?」

「だから祈ろう。お前達の先に光があらんことを」


 オルディアは掌を胸の前で組み、目を瞑ったまま俯く。リムは腕を組み考え始めた。


「オレも助けてもらった身ではある。だけど流石に分がわる――」

「リムちん行くよ。アタシの姉ちゃん助けに行くから着いてきて」


 リムの言葉を遮り、手を引っ張ったミルの顔は別人の様だった。普段のおちゃらけた雰囲気は一切無く、前方一点を見つめていた。しかしタータと戦闘した際の、我を失ったかの様な雰囲気では無かった。

 ドームもそうだが、ミルは家族という事に対して非常に過敏である。勿論、家族を失ったトラウマもあるだろう。しかし、既に失ったと思っていた家族がまだ生きている。ミルからすればそれはもう考えるまでも無い事だった。


「はあ、仕方無いな。その代わり、これが終わったらオレにまともな服を用意しろよ?」


 ミルは振り返り、クシャりと笑う。親指をしっかりと立てグッジョブした。


「タータも行くー! ミルっちの家族なら助けないとね♪ それにミルっちに何かあったらタータ怒るもん!」


 タータも後に続き走って行った。


「カイ・エ・ドーム・オルドールよ、安心するがいい。あのリムとやら、お前が思っている以上だ」


 ドームは真っすぐとオルディアを見つめ、軽く会釈するとそのままリム達を追って走っていった。


「ホワイティアか……懐かしいものだ。ブラギニス、お前は正しかった様だな」


 泉に残されたオルディアは軽く微笑んだ後、上空を見上げ霧散する様に光となって消えていった。



――――白星の泉 囲いの森 中腹。


「でもよー流石に罠だろ。どう考えても分が悪過ぎるぞ? 完全に準備を整えられていたらどうする。ロンベルトだって馬鹿じゃないんだろ? ここに来たって事は自分の事を知られていると思うのが普通だろ」


 街道へ戻るべく四人は急ぎ足で木々の間を縫って行く。ミルとドームだけであれば、こんな森など息も付く間に抜けてしまうだろう。しかし、リムとタータも一緒だった為、足並みを揃えて走っていた。


「ロンベルト様、いやロンベルトも流石に白星が存在しているとまでは思わないだろう。どちらにしろ、オルディア様が嘘を言っているとは思えない。エミルが拘束されるのも時間の問題だ」

「いまいち名前の所為もあってごちゃごちゃなんだけど、お前ら兄妹の一番上は誰なんだ?」

「オルディア様の話を聞くにオレが一番上だ。次に、リリ、エミル、一番下がミルになる」

「本名で言わないんだな」

「今更本名で名乗ったところで違和感しかない。別にお前も不便では無かろう」


 ドームはひたすらに走りながら話を続けているが、リムは息も絶え絶えである。


「ちょ、ちょっと休憩しませんかねぇ。流石にこんな小さな身体じゃ足が回転しないよ」

「ほらリムっち! 文句言わないの! タータの杖持って、引っ張ってあげるから♪」


 タータは後ろを走るリムへ、自身の杖を差し出し掴ませる。相当早い速度のはずなのだが、それでもタータは息一つ上がっていない。胸に小玉スイカを二つも抱えていながら支障はない様だ。


「なんだよ。この世界の色操士しきそうしってのは運動能力バケモノか?」


 リムが杖を掴んだ事を確認すると更に加速する三人。傍から見れば完全にお荷物状態だ。


――十数分後。


「出るよ!」


 それまで四方は木しか見えず暗がりばかりを走っていたが、漸く前方に明かりが見え始めた。慎重に進んでいたとはいえ三時間弱掛けて進んできた森を、僅か三〇分程度で駆け抜けた一行。急に明かりが一行を照らし、リムは眩しさのあまり目が眩む。


「目がー! 目がああああ!」

「うるさい、少しは静かにできないのか」

「オレはこういう人間なの! いやなら布でも詰め込んでどうぞ」

「ドラドラ!」


 森を抜けた途端にタータが杖を地面に突き立て毒沼を出現させた。毒沼から勢い良くドラドラが飛び出し、タータの前に首を垂れた。


「はあい、話は理解してるワ。城までいくのネ?」

「ドラドラ、飛べる?」

「四人はちょっとキツイけど、そうも言ってられないわよネ」

「ごめんね! お願い!」


 タータとミルが背に乗った事を確認すると、ドラドラは大きな翼を羽ばたかせ徐々に浮き上がっていく。


「男共は足にでも掴まりなさい」

「ひえええ! なんでいつも待遇が悪いんだよおおおお!」

「黙って従え、布を詰めるぞ」


 ドームとリムは左右の足にそれぞれ掴まり、四人は上空へと一気に飛び上がっていった。

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