第41話 ハックという名

――――ホワイティア城 白軍はくぐん騎士長 ロンベルトの居室。


「あいつらが気付くのも時間の問題だ……」


 ロンベルトは陽が徐々に傾き始めた外を見つめていた。


「どうするおつもりで」

「どうもこうも無い、あの兄妹は必ず反旗を翻す。だが貴様がいる以上問題は無いだろう」

「ええ、全力で支えます」

「ホワイティアを守らねばならぬ……こんな事をしている場合ではないのだ。白王はくおうの不在が明らかになれば、黒軍こくぐんだけでなく他色勢しょくせいも攻めてくる可能性がある」


 図書室の司書、もといシラルドは静かに微笑む。彼の名はシラルド・ハック。そう、ロンベルトと同じハック家である。ロンベルトより遥かに年齢は上なのだが忠臣としてハック家を支えてきた。


 ハック家はこの地域の名前にもなっている、遥か昔に存在していたホワイティア家の末裔である。ハック家は、オルドール家に次ぐ第二の勢力としてこの地方で暮らしていた。

 しかし白星はくせいの加護を持つオルドール家には兵力で劣る為、以前より辛酸を舐めて来たのだ。


 およそ二十年前、とある八歳の少年がある色力しきりょくに目覚めた。天才的とも言われた彼は、労する事無くみるみると力を付けていく。

 やがて、若くしてオルドール家との戦争に立ち、目紛るしい戦果を上げていった。

 色暦しきれき二〇〇七年、齢二十歳にしてハック家の騎士長にまで上り詰め、前線で指揮を執るまでになった。希代の英雄とも謳われた、ロンベルト・ハックの誕生である。


 ハック家は流通の要である海岸沿いの街道を拠点とし、補給を絶やす事無く戦ってきた。対するオルドール家は、内陸ロングラス方面に腰を据えていた。しかし、貿易ルートの悪さによる物資調達の遅延、後方の黒軍との板挟み状態により徐々に疲弊していく事となる。

 流通の盛んなハック家は技術力、兵力共に力を付けていく。勿論ロンベルトの機転による兵力増強である。文武両道だったロンベルトは次期当主とも囁かれ、ハック家の希望と言われていた。


 当時、オルドール地方と呼ばれていたこの場所を手中に収め、黒軍へと攻め入る足掛かりにする計画だった。やがて機を計り、ロンベルト率いる大軍勢による夜襲が行われた。

 色暦二〇〇八年、「オルドーの戦い」である。

 

 急襲を受けたオルドールは圧倒的な戦力、技術力の差に成す術も無く蹂躙されていった。当時のオルドール家当主、白王でもあったミル達の父や参謀を務めていた祖父も含め、次代の白王になり得る人間は全て殺されたのだ。


 ロンベルトは、白王の剣に関する事は既に知っていた。当代が死ねば剣が次代を選ぶ事。白星の泉は所詮死人の墓場。後方から攻めてくる事も無いと。

 しかし、誤算であった。ロンベルトは同じ白の色素しきそを有している人間であれば、力のある己が選ばれると思っていたのだ。

 だが白王の剣はロンベルトを選ばず、当時十七歳だった長女リリ・エ・ミル・オルドールを選んだのだ。父が死亡した後、即座に白王の剣がリリの元に現れる。襲撃の際に隣同士で寝ていたリリと次女のニルエミルごと光で包み込み、刃物を通さない程頑丈な繭となった。


 ロンベルトは姉妹を殺す事が出来ず四苦八苦していた。そこでシラルド・ハックに提案されたものが、自領地へ持ち帰る事。やがて目が覚めた際に繭は解けるだろう、その際に改めて殺せば良いとの事だった。ロンベルトはシラルドの案を受け入れ、ハック領へと姉妹を持ち帰る。


 数日後、オルドール家の崩壊とハック家の台頭という形で、騎士長ロンベルトの名と共に世界へ知れ渡った。それに合わせオルドール地方と呼ばれていた場所も、ホワイティアの末裔である事を知ら占める為に、ホワイティア地方と改名したのだ。また、ホワイティア地方に君臨するかの様に、人手と技術を結集し山頂に巨大な城を立てたのだ。


 更に数日間、姉妹二人を包んだ繭は解ける事が無く、焦りを見せるロンベルトにとある報せが入る。四兄妹の残り二人、現在のミルとドームがまだ生きているとの事だった。

 ロンベルトは悩んだ。仮に繭が解け、姉妹を殺したとて再びオルドールの血を受け継ぐ残る二人へ白王の証である剣が現れるのではないかと。そうであればこのまま殺すのではなく、ホワイティア家の末裔として記憶を改変してしまえば良い。

 残る兄妹はいずれ復讐の為、ハック家に牙を向くだろう。そうなる前に捕らえた上で同様に記憶を改変してしまうべきと考えたのだ。


 やがて月日は経ち現在に至る。一大勢力として世界に台頭したハック家はホワイティアと名乗り、黒軍との勢力争いに身を投じる事となる。


「あいつらが攻め入って来た時は貴様に任せるぞ。シラルド」

「ええ、お任せ下さい」

「例の物も決して悟られるな。あれは世界を治める上で最重要の物だ」

「承知しております」


 シラルドは胸元に五十センチ程の大きな鏡を抱え、不敵な笑みを浮かべていた。

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