第40話 真なる継承者

――――白星はくせいの泉。


かあ……ちゃん」


 呆然と立ち尽くしていたミルは一言だけ呟き、そのまま気を失い桟橋の後方で倒れた。


「ミルっち!?」


 タータは慌てて抱きかかえ、ミルの頭を膝の上に乗せた。


「ふん、私に母の面影でも見たと言うのか。薄くなったとはいえ私の血を引く者よ。当然と言えば当然だろう」

「タータ! ミルを連れて後ろへ下がっててくれ! んで、ごめん馬の姉ちゃん。話が全く見えないや」


 タータは頷き、ミルを引きずって桟橋から離れる。困惑しているドームは、既に周りの状況が見えていなかった。


「オルドールの話をお前にする義理は無い」

「でもオレはこの兄妹に助けられた。こいつらに恩があるから手助けがしたい。少なからず事情を把握したいと思うのは間違ってるか?」

「それとこれとは話が別だ。お前には関係の無い事」


 白星オルディアは、二メートル以上もある高さからリムを見下ろし鼻で笑った。


「アンタには関係が無くてもオレには大有りなの!」

「しつこい奴だ」

「そりゃどうも、オレは引くつもりはないからな」

「引いてもらおう、お前に用は無い。無の拒絶ホワイトアウト


 白星オルディアは右手を前に出し、目を見開いた。突如、オルディアを起点としてドーム状に白い空間が広がっていく。リムが意識を無くし、暴走した時に発動したそれと同様のモノである。


「お? これ聞いたぞ? オレも使ったんだよねー、どうやるか知らないけど! でもこれ、白の色力しきりょくだろ? 多分ねぇ、意味ないと思うよ」


 そういってリムは左角を軽くさすり、そのまま左手を前に出す。


「ふふん♪ カッコいい名前付けたんだ♪ 曖昧な領域グレーゾーン!」


 陽気にほほ笑んだかと思えば、灰色に変化した目を見開き、鋭くオルディアを睨む。下から風が舞い上がり、リムの髪が暴れた。

 リムからも同様にドーム状に広がる灰色の壁は泉全体を包み、白く塗り替えられた世界を相殺するかの様に、空間を元に戻していく。


「な!? なんだこれは!!」

「オレはね、自分の色力をちょっと理解したんだよ。白だ黒だと決め付ける世の中がうんざりだった。もっと仲良くできねえのかって心底思ったね。でも、そんなの絵空事だって事も分かってる」


 空間が白から元に戻り、ドームも状況を理解しきれていなかったが、近くでいつになく真剣なリムの言葉に耳を傾けていた。


「でもさ、どうしても上に立って物事を白黒決めようとする人間が好きじゃなかった。だからオレは誰かに従うって事が大嫌いなんだ。じゃあどうする? 簡単じゃん、オレが世界を仲良くさせてやるよ。白だ黒だと喚くから争いが起きる。オレがこの世界にきた理由、理不尽な権力で争いを引き起こす輩を成敗して欲しいんだろ? なあ黒法師くろほうし

「ウフフ。貴方、いつでも私を呼び出せると思っているのかしら?」


 後方の森の影から、フードを被ったままの黒法師が現れた。


「何となくだよ、そんな気がしただけ」

「ウフフ、怖い人ね。まああながち間違いではないわね。これがあの白星オルディアですか、結構大きいのね」

「次から次へと異色者いしょくものが! 私の神聖な泉を汚すな!」

「止めた方がいいよ。多分ね、その気になれば貴女の色素しきそを奪う事だってできると思う」


 自身の力を相殺されたオルディアは気付いていた。色力という次元の話では無い何かを感じていたのだ。


「くっ……」

「悪い様にはしない、ただ話を聞きたいだけなんだ」


 オルディアは暫しの沈黙の後、右手を収めた。


「いいだろう、曖昧なる使徒よ」

「その呼び方止めて、リムでいいよ」

「では問おうリムよ。お前如きがオルドールを救えるのか?」

「救う? そんな大層な事は考えてないよ。ただオレは少なくとも関わった人の力になりたいだけだ。争いだなんだと引き起こすつもりは無いよ」

「あら、ぶっ壊したいって言ったじゃない貴方」

「うっさいな! 言葉の綾だよ!」


 いちいち揚げ足を取るのはドームと似ているだろう。だがリムには黒法師が事を知り得ている気がしてならなかった。相変わらず謎に包まれた人物である。

 だが、意図も少なからず理解していた。この世界を実際に見て、聞いて、感じて、自身で判断すべきだという事を。


「ふん、まあよい。改めよう、私の名はシーラ・エ・ミル・オルディア。白の祖にして色星、オルドールの祖でもある」

「ん? なんか聞いた名前だな」


 リムは膝を付いていたドームに目をやった。


「そうだ、オレ達は本名を名乗っていない。オルドール家が敗れた後、姿を隠すように名前も隠した。知っている者は少ないだろう」

「オルドールは私の名、オルディア様から取った一族の名だ。ミルは女性、エはまこと、という意味を持つ。エ・ミル・オルドールとはオルドールの真なる継承者の意となる」

「私の名前はカイ・エ・ドーム・オルドール。ドームとは男性、本名はカイだ」


 オルディアの威圧が和らぎ、漸く落ち着きを取り戻したドームはゆっくりと立ち上がった。


「ミルの本名はノル。ノル・エ・ミル・オルドールだ」

「ややこしいなあーもう!」

「うるさい! オルドール家は敵も多い。滅んだに近い状態で白王の継承者を名乗るなど自殺行為だ」

「まあいいや、続けて馬の姉ちゃん」

「礼儀がなっていないようだなお前は」


 オルディアは眉間に皺を寄せ、不機嫌そうである。


「私はオルドールの血を絶やさぬ様、私自身の力を分け与えてきた。代々の白王を選び、この地を治めさせてきたのだ」

「そんな事せずにアンタが治めればいいじゃん」

「私は既に亡き存在。過去の大戦で魂のみをこの地に残し、俗世からはかけ離れて居る。お前達が見ているこの姿も、泉に当たった光から生み出された幻である」

「大戦? ほーん、んで?」


 リムは驚く様子も無く話を促し、ドームを見つめたオルディアは続けた。


「この者達は記憶の一部を失っている様だな。ホワイティアとの戦争の所為か。オルドールには残る二人が存在している」

「あー分かったぞ、話の流れ的にあれだな? 行方不明の白王はくおうリリと……エミルだろ! 名前がもうそれじゃん」

「その通りだ。現白王リリ・ホワイティア。あの者も勿論オルドール家、リリ・エ・ミル・オルドールだ。妹のエミルはニル・エ・ミル・オルドールである」

「ちょっと待て! どういう事だ! オレは知らんぞ!」


 急にドームが声を荒げた。当然だろう。自身と妹のミルを除き、皆殺しにされたはずのオルドール家に生き残りがいたのだから。


「やはり記憶が無いか。どうも厄介な輩が居る様だな。オルドール家は一男三女だ」


 事実を知らされたドームは唖然とする。まさか、ミル以外にも兄妹が居たとは思ってもみなかっただろう。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る