第39話 白星

――――白星はくせいの泉への道のり 囲いの森。


 木々が生い茂り、陽の当らない陰湿な雰囲気。常に空気は冷たく、例え酷月こくづきになっても気温が変わる事は無い。魔物は一切寄り付かず、一般人も近寄ろうとはしなかった。しかし、何故か踏み固められた人工的な道は存在した。

 古くから、白の色星の元に生まれた者は全てこの泉に帰る、という言い伝えがあった。白星の泉という名の所以である。


「まだ着かないのかー? もう二時間三八分五〇秒は歩いたぞー」

「そんな正確な時間が分かる訳がなかろう」


 リムは左手首をトントンと叩きながら愚痴を垂れた。部下へ急ぎの催促をする上司のそれである。陰湿な雰囲気ではあるが、魔物が出る訳でも無い。ミルは勿論、タータも含め緊張感がまるで無かった。

 ミルは後頭部に両手を組み、茎の長い植物を口に咥えプラプラと揺らしながら歩いている。何が面白いのだろうか。後ろを歩いているタータは、そのプラプラと揺れる茎の先の葉を楽しそうに見つめる。


「ほら、見えてきたぞ」


 森が開けた先には、直径およそ二〇〇メートル程の泉だった。


「ほえー! これは綺麗だ!」

「あ、待ってー! ミルも行くー☆」


 リムは目を輝かせ泉へと走って行った。ミルとタータも後に続く。


 泉の中央に太陽の光が差し、神々しさを感じさせるものだった。周囲から覆い被さろうとする木々たちも、流石に泉の真ん中までは届かない。木漏れ日がチラつき、揺れる水面を更に輝かせていた。手前には古びた一本の桟橋が掛けられているが、用途は不明である。


「ほえー、ここが白星の泉かー! なんか清々しい気持ちになるな」

「で、なんの用なんだ?」

「いや、黒法師くろほうしが行けっていうからさ。何かあるかなって思ったんだけどな……」


 距離一〇メートル程の桟橋の先端までリムは移動したが、泉を見つめて暫し沈黙する。ドームも泉を覗き込みながらリムへと近付く。

 その時、泉の上空から差し込む光が薄明光線となり中央を照らしだした。反射した太陽光が一行の目を眩ます。


「やはり来ましたか、オルドールの者よ」


 聞こえる筈が無い。そう聞こえる筈が無いのだが、リム達の耳には水面を歩く蹄の音がコツッコツッと鳴り響く。水の波紋の様に響き渡る足音は、ゆっくりと、優しく歩みを進める。

 気付けば風が止まったかの様に、木々の擦れる音が消えていた。しかし、リム達の目にはハッキリと揺れる木が映っている。泉の外側の音が境目で遮断されている様な、そんな感覚だった。


「曖昧なる使徒よ、お前はこの様な場所にくるべきではない」


 眩い光の中から姿を現したのは馬、ではなく半人半馬の女性だった。真っ白な髪は背中まで垂れたストレートヘア、音の無い風にサラサラと揺れている。ミルの様に青く澄んだ瞳は大きく、真っすぐとリム達を見つめる。額には立派な白い角が一本、青空を指すが如くに真っすぐと伸びていた。正にユニコーンの様に。


 白い布を胴に巻き付け、鎖骨から上が露出した格好。下半身が馬である為、言わば史実でいうケンタウロスに近いだろう。白い体毛もフサフサと風に靡き、柔らかさが伺える。リム達が見上げる程の高さは二メートルを優に超す。


「誰だアンタ?」

「バカ野郎! 頭を下げろ!」

「は? なんでよ。誰か分かんないんだもん、尋ねるのは当然だろ?」

白星はくせいだ! オレもは……初めて見た! 存在している事すら信じ難い、白星オ、オルディア様だ!」


 ドームは片膝を付き、首を垂れていた。

 既に言い伝えの域である色星しきせいは、実在しないとまで言われている。各色星しきせいはいわば神と崇められる存在だった。

 

「ほーん、オレはリムって言うんだ! オルディアさん。なんか知ってそうな雰囲気だけど、なんで来たらダメだったんだ?」

「バカやろう! そんな軽々しく話をするな!」

「え? だってなんか言われたんだもん、聞かないと」

「こ、怖くて顔を上げられないんだよ」

「小心者かて!」


 ドームは顔を伏せたまま、リムに小声で話しかける。


「お前はこの世界を覆すつもりか。その様なを持ちながらにして、この泉へと訪れた事は挑発と捉える事もでき――」

「あー! それそれ! 白と黒だっけか? オレ、よく分かってないんだよね!」


 白星オルディアの言葉を遮り、リムはペチャクチャと喋り出した。


「よーくわかんないでいきなり牢屋にぶち込まれるわ、黒軍こくぐんのなんとかってのに目ぇ付けられるわで、こっちも中々困ってるんだよね!」

「私の言葉を遮るとは、お前は中々度胸があるね」

「あんがとっ」


 もはや会話のやり取りが友達である。ドームは恐怖で身体が硬直していた。


「してオルドールの者よ、顔を上げよ」

「は、はい……」


 恐る恐る顔を上げたドームは、何故自分の名を知っているか等はどうでも良かった。もはや、言葉一つ一つを逃す事無く、忠実に従う事に必死だった。


「代々、白王はくおうと名乗る者はこの泉を訪れ、私の加護を受けてきた。しかし、お前達はまだその域では無い事は知っておろう。弁えなさい」

「し、失礼を承知で申し上げます! 代々オルドール家に継がれてきた白王の座をホワイティアに奪われ、私とこの妹を除きオルドール家は滅んでしまいました! 白王の剣もホワイティアの現王リリ様を選び、私共はもはや孤立無援の状態です!」


 足は小刻みに震え、額からは脂汗が滲み出る。ドームはもはや生きた心地がしなかった。


「何を言っておる馬鹿者よ。私はオルドール家しか選ばぬ。本来、白星の加護を受ける事が出来るのはオルドールの血筋のみ」

「え……!?」


 ドームは意味が全く理解できていなかった。白王の剣は、現白王のリリ・ホワイティアを選んでいる。白王の剣と白星オルディアの意思が同じだとすれば、矛盾が生じているのである。


 ドームは身体が固まったまま、次の言葉を探せずにいた。


かあ……ちゃん」


 沈黙を破ったのは後方に居たミルだった。呆然と立ち尽くすミルはただ一言。リムはゆっくりと振り返り、瞬きを繰り返す。


「……はい?」

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