第37話 形無しの兄

――――パインリーの村 宿屋。


「お客さん達、勝手に上がってもらっては困ります! まだお支払いが!」

「え?」

「……」


 皆顔をそろえてドームをのぞき込む。勿論言い訳できる筈も無く、ドームはポリポリと頭を掻いた。


「す、すまない。持ってきたと思っていた金がどうも見当たらなくてだな……」

「持ってなかったんかい!」

「ち、違う! 持ってきてはいた筈なんだが」


 間髪入れずにリムの突っ込みが炸裂する。ミル以外は知らない、実はかなりの忘れ癖がドームにはあった。と言っても物忘れが激しいとはまた違ったモノなのだが、何故か準備をした物を高確率で忘れるのだ。

 リムは口角を上げ、ニヤリと笑う。


「ドーム……まさかポンコツか?」

「ポ、ポンコツだとっ!? 失礼な!」

「良いって良いって、そういう時もあるよな!」


 ドームの腰をさすり、ウンウンと頷くリム。横からミルがスッと横切り、カウンター越しの店主に声を掛けた。


「おっちゃん、いくら?」

「ん? ああ、四人だと二〇〇〇〇ユークだ」

「分かった! はいどうぞ☆」

「まいど! それじゃ二階に大部屋が一つあるからそこを使ってくれ」

「おっちゃん、ありがとー☆」



 ユークとはこの世界の通貨。

 硬貨はいくつかの合金と形状によって価値を分けられていた。

 種類としては最も小さい一〇ユーク青銅貨。サイズとしては直径一センチ程、現代で言う一〇円玉と相違ない。表面には分かり易く数字で「10」と彫られている。両面に同様の刻印を施し、その他は何もない非常に分かり易いものである。


 その次の価値としては、サイズは一〇ユーク硬貨と同じだが、素材に白銅を使用している五〇ユーク硬貨。中央には直径三ミリ程の穴があけられている。一〇ユーク硬貨同様両面には価値を表す「50」の刻印。

 一〇〇ユーク硬貨も同様に白銅を使用している。しかし中央には穴があけられておらず、五〇ユーク硬貨との差別化がされている。

 五〇〇ユーク硬貨には黄銅を使用しており、サイズは他の硬貨の倍である。穴などはあけられておらず、大きさを変える事で差別化していた。


 我々が現在使用している硬貨とほぼ相違は無いが、一や五という価値の硬貨はこの世界には存在しない。


 紙幣は一〇〇〇、五〇〇〇、一〇〇〇〇ユーク紙幣が存在しているが、細かな材質や製造過程等が不明である。またどこで製造されているのか等も現時点では誰も分かっていない。

 しかし、流通決済での共通認識として幅広く取り扱われ、疑問に思う人々は殆どいない。


「とりあえず寝床の確保はできたね☆ じゃあ後一〇〇〇〇ユークあるからみんなで食べ物買いに行こ☆」

「そのお金はさっきのディンゴの?」

「そそ、一ディンゴ一〇〇〇〇ユークになった☆」

「三ディンゴ―♪」

「なんかのお笑いに聞こえるな」

「リムちんなんか言ったー? ほら早くっ! お腹空いたよ!」


 宿を取ると言ったドームは形無し、三人の後に無言で着いて行った。



――――――パインリーの宿屋 大部屋。


「さて、とりあえず陽も暮れた事だ。明日の準備を済ませて早めに床に就こう」

「おう、準備はこっちでするぞ。ドームは何が必要か言ってくれれば良い」

「いや、手伝おう」

「大丈夫だから! また何か忘れたら困るだろ?」

「ぐっ……」


 準備と言いつつも特別な物は無く、少量の食料と傷薬程度。しかし、これですらドームに任せると何かを忘れてくる可能性があるのだ。なんとなくそれを察知したリムは、ドームを簡易ベッドへ座らせた。


白星はくせいの泉ってここから遠いの?」

「地図を見る限りだとそう遠くも無いが、往復を考えると早朝に出た方がいいだろうな」

「ほーん。んじゃおやすみっ! あ、ミル! 絶対起こすなよ? オレ疲れてるんだからな」

「はーい☆」


 ミルの返事は非常に軽く、リムは勿論信用していなかった。部屋の入口から横一列に並べられた五つの簡易ベッド、そのど真ん中に飛び乗り早々に目を瞑るのであった。


 深夜、リムはモゾモゾと何かが動く音に目が覚めた。


(ん? 誰かが部屋から出ていった? こんな真夜中に誰だろう。トイレかな?)


 五分、一〇分待てど戻ってくる気配は無く、心配になったリムは静かに部屋を出る。

 村全体が静まり返る中、リムは宿屋の壁にもたれ掛かり、遠くに見える海岸線を見つめていた。


「眠れないの?」

「ああ、部屋を出たのはお前か」


 僅かに聞こえる波の音を掻き消す事無く、小さく細い声がリムの横で囁かれた。


「ミルね? 明日、何か悪い事が起こる。そんな予感がするの」

「明日の事なんて誰にも分からないよ」

「でも予感って当たる気がしない?」

「考え過ぎだろ。何かあったらオレが何とかしてやるよ」

「アハハ、どこからそんな自信が湧いてくるの? おかしい」


 ミルは海岸線を見ながら小さく笑った。


「なんでだろうな? でも出来そうな気がするんだ」

「考え過ぎじゃない? 自信過剰は危険だって兄やが言ってたよ☆」

「自信過剰か、そうかも知れないな。さ、身体が冷えるぞ。朝は早いんだから部屋に戻ろう」

「うん」


 部屋に戻ったリムとミルは再び眠りに落ちた。ミルの予感が当たる等と思う筈がない。ましてや、どんな予感だというのか。

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