第38話 守られた地

――――パインリーの村 宿屋。


 早朝、まだ寒さを感じる植月うえつき。皆がベッドに潜り込んでいる中、早々に準備を進める者。黒い合皮の軋む音を鳴らし、一人フィンガーレスグローブを嵌めていた。


「起きろお前ら、そろそろ行くぞ」


 既に出立の準備を済ませていたドームが、リムの寝るベッドを足で小突く。


「うーん、マンダム……」

「なんの夢を見ているんだコイツは」


 リムの頭の中で無数に広がる夢は、ドーム達には到底理解できないものばかりだろう。


「待って! タータのパンを取るな!」

「早く支度をしろ、訳の分からない事を言うな」


 突如飛び起きるタータ。夢の中でも食べ物の事しか考えていない。突如、宿泊している部屋の扉が勢いよく開く。


「どったのタータん! 窃盗!?」


 ミルも既に支度を済ませ、外で身体を動かし温めていた。流石、諜報員として活動をしてきた二人は準備が早い。


「んあー? ミルっちおはよう。タータのパンを誰かが取ったの」

「ただの夢だ、早く起きろ。先に待っている、行くぞミル」

「良かった! 後でパン食べよっ☆」

「うん♪」


 二人は部屋を出て、一階へと降りて行った。


「君の瞳に乾杯……」


 まだ寝ぼけているリムを余所眼に、タータもいつもの服に着替え始めた。簡易の布を寝間着替わりにしていたタータは、スラスラと脱ぎ置きナイスなボディを露わにする。タータもリム同様裸族なのだろう。と言ってもリムは全裸体質なのだが。


「おーう、ないすばでぃ……」


 夢と現実の見分けがつかない程寝ぼけているリムは、むくりと起き上がりタータの裸を見つめる。あまり抵抗は無いのだろうか、タータは恥らう様子も無く衣服を着用する。


「リムっち、えっちだよ♪」

「うん……うん!? おおおあちゃあああああ!」


 漸く現実世界に戻ったリムは驚きあたふたするも、視線はしっかりとタータの身体を見ていた。


「もうみんな準備したんだって♪ リムっちも早く行こっ♪」

「お、おう」


 リムも同様に全裸でベッドに潜り込んでいた為、いそいそとサイズの合わない柔道着に着替える。



――――――パインリーの村 入口付近。


「さて、準備ができたところで出発するとしよう」

「あれ? リムちんは?」

「分かんなーい♪ まだ着替えてるんじゃないの?」

「柔道着一つでどれだけ時間を食ってるんだ」


 困った表情で腕を組むドームに嫌味な言葉が投げられた。


「お前の所為だけどな。なーにが準備ができた、だ! 地図を忘れるな!」


 握り締められた地図をドームに突き付ける。リムは宿屋を出る際、何となく不安に駆られ部屋に戻り、部屋を見渡した際に忘れられた地図を見つけていた。


「んぐ……」


 もはやドームに弁解の余地は無い。ポンコツ称号まっしぐらである。一行は地図を頼りに白星の泉へと向かうのだった。



――――――白星はくせいの泉 入口に当たる街道と森の境目。


 白星の泉は、ジャンパール島から少し飛び出た形になっている陸地の中央に位置する。泉の周囲には外敵から守る、または隠すかの様な森林地帯。勿論、陸から泉を視認する事はできない。上空からも覆いかぶさった木々で確認する事は困難だろう。


「さて結構歩かされたな。少し休憩してから中に進もう。ミル、食料を頼む」

「あい☆ リムちんお水飲む?」


 モルの皮革で作られた水筒をリムに差し出した。


「おう、助かった! 喉カラカラだぜ」

「タータも飲むー♪」

「みんなの分もあるよ☆」


 ミルは順番に皮革の水筒を渡していく。


「それにしても近付いた事すらなかったが、結構木深い森だな。明るい内に泉へと到達したいが」


 パインリーで調達したディンゴの干し肉を齧りながら水を飲むドーム。

 ディンゴは幅広く生息している犬型の動物ではあるが、筋肉と脂身のバランスが良く食料としても重宝されていた。しかし獰猛な上に集団で行動をしている為、一般市民では中々手が付けられないのだ。その為、懸賞金としてユークを渡す形で討伐を依頼する事が多い。


「それ、オレにも分けてくれよ」

「ああ」


 リムは放り投げられたディンゴの干し肉を、口一杯に頬張り水で流し込んだ。


「意外とイケるな!」

「タータはパンでいい♪ パン美味しい♪」

「タータん、はいどうぞ☆ 一緒に食べよ☆ 残りは帰りに食べよ?」


 ミルは六〇センチ程のバゲットを半分、更に半分と折り、タータと仲良く食べ始めた。

 時刻は正午。陽も昇り、僅かな雲は太陽を避ける様に飛んでいる。陽の当たる街道は少々しんどいだろう。しかし、今からは木深い森へと足を進める。気温は丁度良い感じだ。


「行こうぜ! グズグズしてると日が暮れちまうよ」


 リムは早々に飲食を終え、屈伸や背伸び等身体の準備を整える。


「ここからはオレも立ち入った事が無い。大丈夫だとは思うが気を付けてくれ」

「お前らがいるから大丈夫だろ? それにここは魔物が寄り付かないんじゃなかったか? 心配するような危険生物はいないだろ」

「ああ、その筈なんだがな。用心に越したことはない」

「あーいよっ」


 手荷物を片付け、リムは隠し持っていた赤い鉢巻きを左角にしっかりと結び付ける。外された通学帽は背の低い木の枝に刺された。

 一行は暗がりの森へと足を進めるのであった。


「ありがとう通学帽。ここで無事の帰還を祈っていてくれ」

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