第25話 ただそれだけで

――――十五年前 とある村。


 二つの産声がこの世界の小さな村外れに響いた。


「よく……よくやったな! 見ろ、どっちも女の子だ! 双子だぞ」

「良かった、無事に産まれたのね。貴方に似ているかしら」

「でもこの子達。髪が……紫だ」

「どんな色星しきせいの元だとしても私達の子よ。違う?」

「ああ、そうだな! 名前は? 名前はどうする!」

「そうね、タータとレヴィン。なんてどうかしら」

「レヴィン! よーし、先に産まれたお前は今日からレヴィンだ! 妹のお前はタータ!」


 小さな、小さな家に産まれた双子の女の子。父親は青色の髪、母親は赤色の髪をしていた。

 本来、異なる色星の元に産まれた者同士は交わる事は無い。しかし同色との関係や思想に疑念を抱く者が少なく無いのも事実である。その中でも強い嫌悪感を持つ者は故郷を離れ、流れ者となるのだ。そんな者は世間からも冷たい目に晒され、耐えかねた者はひっそりと暮らす。


 ある昼下がり。普段と変わらず食材を求め、少し大きめな街の市場を訪れていた両親と双子のレヴィンとタータ。四人は髪色が分からない様に亜麻色のフード付きマントを深々と被っていた。この時、双子は五歳。

 市場にいる人間は緑髪ばかり。勿論それ以外の色を持つ者もいるが、大抵は行商人や冒険者しかいない。


「あらご婦人いつもありがとうね。今日は野菜が沢山採れたのよ。贔屓にしてもらっているから今日はお安くしときますわ」

「ありがとうございます」


 母親は深々とお辞儀をした。後ろでは父親とレヴィン、タータが手をつないでニコニコしている。


「お母さん今日のご飯は何ー? タータお腹すいたー!」

「レヴィンもお腹すいたー!」

「さっき食べたばかりなのに。全く食べ盛りな子達だ」

「お父さんと一緒に家の畑を手伝ってね。そしたらとびっきり美味しい夕飯を作ってあげるわ」

「わーい! タータいっぱい食べたい!」

「ダメよ! お姉ちゃんが先に食べるからタータは待ってるの!」

「やだー! 一緒に食べるのー!」

「こら二人とも喧嘩はよせ。周りに迷惑だろ」


 父親は申し訳なさそうに周囲にお辞儀をする。


「いつも元気で微笑ましいわねあの子達」

「でもあの人達フードで顔があまり見えないのよね。良い人そうなのだけれども」


 この日の夕飯の為に買い出しに来ていたご婦人達の井戸端会議が始まった。


「誰か捕まえてくれーー!! 盗まれたー! オレの食材がぁああ!!」


 突然、遠くから麻袋を抱えた男が走ってきた。

 会計を済ませタータ達へ振り向いた時、窃盗を犯した男が勢い良く走り過ぎる。その拍子に母親はぶつかり食材をぶちまけた。


「おいお前! なんて事しやがる!」


 窃盗犯の腕を掴み、捕らえかけたが寸前のところで振りほどかれてしまう。拍子で腕が頭に当たりフードが脱げる。転んでしまった母親のフードも脱げており、頭が露出してしまった。


「あっ!」


 二人は慌ててフードを被り直すが、騒ぎを見ていた周囲の人達は唖然とする。


「あの夫婦、異色いしょくよ!」

「なんだって!」

異色者いしょくものがこんな所に! 近寄るんじゃねぇ!」


 急に周りが豹変し騒ぎ立てた。父親は急いでレヴィンとタータの腕を掴み走り出す。母親も食材が僅かに残った麻袋を抱え、後を追うように走り去った。


「まさかあの夫婦が異色者だったとはねぇ」

「やっぱり頭が見えない人は用心しないといけないわね」


 息も絶え絶えに漸く小屋に戻った四人であったが、父親は早々に荷物を纏め始める。既に外は薄暗くなっており、気温も徐々に下がり始めていた。


「ねぇお父さん、どうしたのー? タータ一緒に畑のお仕事するよー?」

「ここを出るぞ」

「どうしてー?」

「新しいお家に行くのよ」

「やったー! 新しいお家広い? レヴィン、新しいお家の壁にお飾りするのー」

「ああ」


 勿論レヴィンとタータは状況を理解していない。しかし父親は知っているのだ、異色者がどれだけ嫌われているか。同じ色星の元では無いというだけで人は悪魔の様に豹変する。

 酷い場合では、異色狩いしょくがりと称した迫害を受ける。ましてや数年以上素性を隠し近隣を騙してきたのだ。このままでは家族に危険が及ぶ可能性がある。


「おい! そこの小屋の者! 今すぐ出てこい!」

「まずい、もう来たのか」


 市場にいた人間が街の警備兵へ連絡していたのである。軽装だが鉄の長剣を携え、数名が小屋の前に立っていた。


「お前達、裏の窓から森へ抜けろ。ここに居てはダメだ」

「でもあなた!」

「いいから行けっ!」


 父親は軽く纏めた荷物を母親に持たせ、三人に裏へ行くよう促した。


「オレは大丈夫だ、後から必ず追いつく。早くっ!」


 そう言って父親は壁に掛けてあった身に隠せる程の小さな短剣を腰に忍ばせる。小さくアイコンタクトを取り表口から出た。


「あなた……」


 三人は窓から抜け出し、森へ入って行った。


「異色者! お前達はここ数年、平気な顔をして暮らしていた様だな」

「何が悪い、ただ普通に暮らしていただけだ」

「うるさい! 街の住人が不安がっている。早々に立ち去ってもらおう」

「ちっ、言われなくてもそうするさ」

「なんだその反抗的な態度は」


 父親が身体を揺らした拍子に腰に隠していた短剣が地面へ落ちる。


「貴様っ! 反抗するつもりか! 捕らえろ! 中にもまだ居るはずだ」

「お前ら! 逃げろぉお!」


 警備兵は残る三人を捕らえるべく、小屋へと向かう。父親は家族を守る為、短剣で立ち向かった……。

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