第22話 霧の悪魔

「あーリムさん? あの御二方は怒らせちゃダメっすよ」


 修行だと言われ支度をし、城から出ようとしたリムは衛兵に声を掛けられた。銀の甲冑に身を包み、重たそうにカシャリカシャリと音と立てている。

 リムに寄り、小声で話し始めた。


「御二方? あーミルとドームの事か。なんでそんな事を?」

「リムさんはここに来たばかりで何も知らないと思いますけど、あの兄妹はヤバイんですよ」

「そんなヤバイとかスゴイとか。もっと語彙力を高めようぜ」

「いやそんなそんな。僕達衛兵なんか足元にも及ばないし、到底敵わないんですよ。はー」


 自身の限界を悟っているからこそ、それでもこの国に貢献したいと思うからこその溜息だった。


「ドーム様はぶっきらぼうな感じだし、あんまり感情を表に出さない人なんですけどね。淡々と戦闘する姿は余裕すら感じるけども、感情の無い戦い方で容赦ないんです」

(ふーん、戦闘マシーンってとこか? まあ不器用な性格なのはなんとなく分かるよ)

「あとドーム様より気を付けた方がいいですよ、ミル様」

「あのお気楽娘がか?」

「シー! そんな怖い事言わないでくださいよ! 僕から聞いたとか言わないでくださいね」

「分かったから。それで? なんだよ」

「見えないんです……」

「はい? 見えてるけど?」

「いや、戦闘になると見えないんです。あの兄妹は諜報活動を主にしているのですが、白王様の指示で表の戦闘に参加する時もあります。僕はその時の戦場にいた兵士から聞いた話なんですけど、見えない……と」

「リムちーん、行くよー☆」


 城門の外からミルの呼ぶ声が聞こえ、衛兵はビクつく。会釈をしリムの元からそそくさと去っていった。


(なんだよ見えないって。そんなに怯える様な強さとは思えないんだけどな)


 勿論、リムは知っている訳が無い。リムがこの世界に来る前の話。


――――


 色素しきそホワイト色力しきりょくとして霧の能力を持つミル。度々戦闘を行っているミルであるが、そんな彼女には二つ名があった。霧の悪魔ミスティデビル

 毎度戦場から帰還した兵士達が疲弊している中、ミルとドームは何食わぬ顔で平然と帰還してくる。

 特に驚くべきはミルの身体である。傷は勿論、汚れすら付いていないのだ。相当な激しい戦闘であったであろう状況でも、ミルは汚れ一つ付けずに帰ってくる。周囲の兵士からは畏怖されていた。


 戦闘になるとミルの周囲にいる敵兵は、成す術もなく悲鳴を上げていく。ミルの姿は確認できず、何もできずに倒れていく仲間達に戦意も下がる。更にそこへ追い打ちをかける様に気づかぬ間に攻撃を受けるのだ。

 見えない敵と戦うのは兵士にとって恐怖以外の何物でもないのである。そんな中付いた名が霧の悪魔ミスティデビルだった。


 ホワイティアの戦力の大半を占めている白王はくおうの側近、五清白ごせいはくと呼ばれる五人。それに匹敵するとも言われているのがミルであった。白王リリ・ホワイティアからの信頼も厚い。

 子供っぽい容姿と無邪気な笑顔、お気楽な性格もあってか仲間内からも非常に可愛がられていた。


 それほどの力となれば、勿論他国にも知られていない訳が無い。しかしホワイティアに霧の悪魔ミスティデビルが居るとしか伝わってはおらず、容姿などの情報は一切無かった。

 こんな可愛らしい娘が悪魔などとは思う筈もなく、実際に対峙しないと気付かないのである。



――――時は戻り、現在。


「てめぇえぇえええ!! よくもミル達の村を……っ!!」


 周囲が一瞬にして霧に包まれていく。

 リムが止めに入ろうと声を掛けようした。瞬きをした覚えはなかった。だが、リムの視界からミルが消えたのである。


(へ? 居ない?)

「キャハハ♪ ミルっちはあれだね! 聞いた事あるよ。霧の悪魔ミスティデビルでしょ?」

霧の悪魔ミスティデビル?)


 気づけばタータとミルが鍔迫り合いをしていた。ミルは腰に据えていた短剣、タータは地面から生え出てきた杖で対峙している。

 ミルは既に怒りに身を任せ、我を忘れかけていた。


(瞬間……移動? どういう事だ。状況が把握できない)

「黙れ……黙れだまれだまれ!」


 再びタータの前から消えたミル。周囲は霧で覆われ視界は悪い。


霧の悪魔ミスティデビルがミルっちだったなんてねー。てっきりゴッツイおじさんみたいな人かと思ったよ♪」


 再び現れたミルはタータの後方から短剣を振るう。しかし、タータは杖を地面に突き立て、切り付けられた短剣を防ぐ。

 短剣を防いだ杖を背もたれ代わりにし、後ろにいるミルに残念そうに告げる。


「ミルっちー、勢いで飛び込んできたのはいいけどさっ。地面に下りないでねっ♪」


 視線だけを地面に向け、舌打ちをしたミルは後方へ飛び下がる。突き立てられた杖を起点にし、円状に紫色の毒沼が形成されていた。


(なんであんなに仲良くしていたのに急に殺し合いになるんだ……チキショー。ミルの気持ちも分かるが何とかして止める事はできないのか)


 ここで止めるには少々気が引けるのである。故郷を焼かれ帰る場所を失った娘。その原因が目の前にいるのだ。勿論自分が殺されるかもしれない状況で、簡単にそれを許す訳にもいかないタータの気持ちも分かるであろう。

 現代であれば殺人事件がどうと騒ぎになる事は必然だがここは異世界。ヤったヤられたなど日常茶飯事。

 そんな世界でリムの考えは非常に温い。しかしリムは現代人。この世界に来たばかりで慣れている訳もなく、優しい性格が頭の中で葛藤する。


「ミルっちー、攻撃したくないんだけどーなんとかならないー?」

「敵の言葉に耳を貸す気はないね」


 再び攻撃を仕掛けるミル。また消えたミルを見てリムは確信した。


(違う、速すぎるんだ。目では到底追えない、音も無い。加えて霧があるときた。普通の人間なら全く対応できないのも当然だろうな。でもその速さに対応しているタータも化け物か?)


 決着がつきそうにない攻防を繰り返すミルとタータ。


「ちっ! お前が……お前が村をっ! 故郷を! 許さねぇ!」

「うーん困ったなぁ、とりあえず出ておいでー! 毒沼の主ロードオブポイズン♪」


 杖を正面に構え、とんがり帽の鍔をクイっと下げる。すると地面の沼から刺々とげとげしい鱗をした巨大な竜が這い上がってきた。

 猛々たけだけしい咆哮と身体から垂れている沼の毒。毒を司るドラゴンといったところである。


「あらーやだー! ご主人様っ!」

「いやードラドラちゃん久しぶりに呼んだよー♪ 元気だったー? ちょっとミルっちが怖いから守ってーん♪」

霧の悪魔ミスティデビルだってぇー? そんなのアタシだって怖いわよー! いきなり呼ばないでよぉ!」

「あ、ミルっちを傷つけないでね」

「んもう、仕方ないわねぇ」


 最後に呟くように一言告げるタータ。


(は? なんでこのドラゴン、オネェ口調なんだ……)

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