第21話 怒りの矛先

――――ロングラス大平原西部 



 巨鳥イーグに乗った三人は草花の生い茂った平地に降り立った。東から昇ってきた光が徐々に平原を照らし始め、今日もいい天気だと皆に知らせる。


「ひょえー、流石に大平原と呼ばれるだけあって広いな。空から見た東の山がえらく遠くに見えるな」

「そりゃ上空と地上から見たんじゃ違うのも当然だろう」

「いやそうだけども。もう、いちいち揚げ足を取るよねドームは」

「ふんっ」

「さぁ弟子よ! 早速やるぞっ☆」


 ドームは周囲を警戒しつつ木陰を探し、静かに座り込む。


「まずは色素しきそのおさらい☆」


 ミルは右手を前に出し人差し指を立てる。


「えーと、あれだろ? 内なる力がどうとか」

「もー、真面目にやってよ! 服脱がすよ!」

「ひぃ! ご勘弁を! えーと確か黒法師が言っていたのは、色素は全ての生き物に宿っている。髪色に顕著に表れる。こんな感じか」

「そう! でも色素をしっかりコントロールできないと氾濫はんらんを起こして、意識が無くなって暴走してしまうの。この前のリムちんがその状態だったの」

「あー記憶は無いんだけどね」

「そりゃそうだよー意識が無くなるからね☆」


 ミルは肩幅に足を開き、一番リラックスできる自然体の態勢を作る。


「さ、リムちんもやってみて。に集中するの」

「やるったって、全く分かんない物に集中するなんてそんな難儀な事はないぞ」

「はい目をつむってー、はい深呼吸してー。身体の内にある小さいたまを想像するの。リムちんは灰色、灰色の珠を想像してみるんだよ」

「灰色の珠ねぇ」


 そう言うとリムも目を瞑り深く息を吸い込み、小さく長く吐いた。


(内にある珠、内にある珠……)


 リムは何を想像していいのか分からず、とりあえず灰色の水晶を想像する。

 暗闇の中で灰色の水晶珠はリムの中で鈍く輝きだし、モヤモヤと薄くオーラが漏れ出してくる感覚。


(おおお、これか? よく分からんけどなんか湧き出てくる感じが)

「リムちんっ!!」


 突然ミルに大声を出されハッとなるリム。目を開けると何故か臨戦態勢で短剣を構えるミルと拳を構えるドームの姿。

 いつの間にか灰色で半透明の壁の様な物がリムの周囲を囲っていた


「まだまだ制御するには時間が必要だな。危ない力だ」

「え? え? なに? どうしたの?!」

「リムちん、足元見てみなよ」


 言われるがまま足元に目をやると、先程まで青々としていた草が半透明の壁の内側だけ枯れていた。


「えっと……どゆこと?」

「そんな力は見た事が無い。リム、少し下がってくれ」


 後ろに下がるリムと同じ様に半透明の壁もズレていく。と同時に壁の内側に入った草が瞬く間に枯れていく。

 リムを起点として円が展開されている事が想像できる。リムが両の手を広げた程より若干広く、直径二メートル。


「素が無くなっている……? 吸われているのか?」


 ドームが枯れた草を手で触ると、ボロボロと崩れ落ちた。


「リムちん、そのままね」


 ミルが両の手を左右に広げ軽く力むと、下から風が吹き上げた様にボリューミーな髪がブワッと浮き上がった。

 いつになく真剣なミルの顔にリムは気圧される。ミルの周囲に徐々に現れる白い霧。ドームは少し下がり、霧の奥へ消えていった。


「ミル? 大丈夫? なんか怖いんだけど」

「大丈夫、そのままね」


 顔が引きつり、後ずさりするリム。


霧場フォグフィールド!」


 すると濃霧が辺り一帯を瞬時に包み込む。勿論、視界はゼロである。


「やっぱりかー、兄やー。ミルの霧も吸われてるよー」

「ミル下がっていろ」


 よく見るとリムの視界、壁の内側には霧は無かった。壁に触れた霧が吸われる様に消えていくのである。


煙の突進スモークラッシュ!」


 消えかかった霧の微かな視界の中からドームが殴りかかってきた。拳に煙を纏い、瞬く間にリムの壁へと迫る。

 しかし壁に触れた途端にドームの煙は消え失せ、露わになった拳が壁に触れる寸前で後ろへ飛び下がった。


「く……っ!」

「吸収する能力なのかなーリムちんのは。てんで歯が立たないや☆」

「素の吸収か、これはまた常識外れだな。危うく手が持っていかれるところだったかもしれん。色素同士の衝突は無意味、或いは圧倒的な色力でなければこの壁は破れんか」


 リムは目をパチパチと瞬きさせ、何が起こっているのか状況が理解できない様子。勿論、頭からは煙が出ている。


「これをうまくコントロールできれば凄い力になりそうだね☆」

「ああ、全くだ」

「お、御師匠。全く頭がついていかないでありますですハイ」

「とりあえずその壁を収めよう☆ もっかい落ち着いてー? 珠が小さくなってー? シュッて消えるイメージ☆」

「お、おう」


 やはり従うしか無い状況。リムは目を瞑り、言われた通りに静まるよう意識する。半透明の壁は次第に薄くなり消えていった。

 ミルは確かめる様に足元に生えている草をむしり、リムに投げる。草だらけのリムの顔が出来上がった。


「よし大丈夫☆ アハハ」

「よし大丈夫☆ じゃねーよっ! 草まみれだバカ野郎!」


 物事一つ一つを大切にするミル、その場その場を非常に楽しんでいる。親指を立てグッジョブする姿は、小さい体型も相まって愛おしくも思えてくるものである。


「あー! やっと見つけたー。もう置いていかないでよぉ」


 リムの後方から声が聞こえてきた。三人が声の方に目をやると、ブルンブルンと惜しげもなくナイスバディを揺らしながら走ってくるタータがいた。


「はー! 疲れちゃった! あの村に居るのかなーって思って寄ったけど、なんかキレイになってたぁ♪」


 ドームの顔が瞬時に強張る。眉間にシワを寄せタータを睨んだ。


「お前、どういう事だ。さも自分が荒らした様な言い草だな」

「ん? そだよー♪ この前ザハルが、みんな殺せーっていうから殺しといたのー、キャハハ♪ でもなんで炭だらけなのー? 燃やした覚えは無いんだけどー」


 リムがヤバいと思ったのも当然である。オルドール兄妹の故郷を蹂躙じゅうりんしたのはタータであった。厳密にはザハル一行なのだが、大半がタータの仕業である事は間違いでは無い。


「て……っんめぇえええええええ!! 許さねぇえええええ!!」


 今まで聞いた事も無いミルの怒号。目を見開き怒りに歪めた表情。周囲の空気が逆巻き、長い髪を結っていた赤い紐は千切れ、髪全体が吹き上がる。

 過去にここまで怒り狂った様相を見た事はない、凄まじいまでの迫力にリムは後ずさりする。


「なになにー? ヤるのー? いいよー♪ キャハハ♪」


 タータが左手でとんがり帽子のつばをクイっと下げた。

 右足で地面を軽く踏むと紫色の沼が広がる。中から一六〇センチ、タータの身長と同じ長さの杖が生え上がってきた。

 鍔で隠れてはいるが、リムからは口元がほほ笑んでいる様に見えた。


「お、おい。待て二人ともっ!」


 リムが止める間も無く、周囲が霧に覆われていく……。

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