第20話 戦う理由

「へっぶしょい!! おらぁああ! さむっ! ってなんで裸なの!」

「あーリムちんおはよー。汚れてたから新しいの持ってきたよー」


 ミルが二着目の白い柔道着を持ってニコニコしていた。

 リムは寒さに起こされ、おっさん風くしゃみを炸裂させた。それもそのはず、中身は二九歳のおっさんである。どこからか何かを言われた気がしたリムは、一瞬不機嫌な顔になり空を見上げた。

 毎度毎度ではあるが、どうもリムは全裸体質のようだ。


「なんで着てる物を引っぺがすんだよ! しかも寝てる時に」

「なんでって別にいいじゃん☆ 減るもんじゃ無しに。どうせもう見てるんだから何回見ても同じだよ☆」

「いやああああああ! また見たのね! えっちぃ!」


 下半身を慌てて隠し、新しい柔道着にそそくさと着替えるリム。楽しそうに身体をクルクルと回転させているミルは凶器そのものだった。ボリューム満点の髪型は鞭のように周囲を攻撃する。


「あぶっ! あぶないから! お前の髪の毛ボリューミー過ぎるんだよ!」

「食らえっ! 必殺、髪の鞭ぃ☆」


 寒さの残る夜明け。オルドー村の外れで野宿をしていた三人は、ロングラス大平原へ向かう準備を始める。

 まだ顔を出し切らない太陽、風に揺れる木々、薄暗い林はひんやりとしている。

 未だ昨日の惨状を刻み込んだかの様に焦げた臭いが、周囲とリムの鼻にも残っていた。


(ミル、昨日とは打って変わって元気だな。でもやっぱ無理してるんだろうな)

「リムちん、兄やー早くー! 行くよー☆」


 ミルは早々に準備を済ませ、オルドー村へやってくる時のサイズ、巨鳥イーグを撫でていた。


「そっとしといてやれ、あれでもかなりキテいる。空元気でも出さないと保てないんだ」

「やっぱりそうなのか。不躾だがドーム、お前は大丈夫なのか」

「大丈夫かと言われれば嘘にはなるが、まあ大丈夫だ。さあ行くぞ」

「お、おう……」


 大丈夫な訳があるだろうか。故郷を焼かれ平然としていられる人間は、もはや感情が欠落してしまっているであろう。イーグへと向きを変えるドームの横顔はやはり沈んだ表情だった。


 残る二人も支度を済ませイーグへと飛び乗る。

 三人を確認したイーグは、以前とは違い優しく羽ばたいて上空へと昇った。

 昨日のミルへの些細な思いやりが、リムへの警戒心を解く要因だった。感情を読み取る事に長けている魔物は、そうやって人間の脅威度を無意識に確認しているのだ。


 もやのかかった地平線から徐々に顔を出し始める一日の始まり。空は快晴で雲は数える程である。


「よく見たら西の、ホワイティアの向こうって海? だよね?」

「そうだ、それがどうした」

「ここって大陸の西端?」

「大陸では無い、島だ。ブラキニアの向こうも海になっている」

(なんとなく分かってきたぞ)

「島ってことは名前とかあるの? この島のさ」

「ジャンパール島っていうんだよ☆ 狭くは無いけど広くもないかなー」


 イーグの背中がお気に入りのミルは寝ころんだまま空を見上げ、人差し指を立てた右腕を上空へ伸ばしくるくると回している。


(ジャンパール……ジャンパー……やっぱりか! ストーンリバーにナインズレッド、ブルーフォレストという名前、位置関係を考えると似ているな。ブラキニアはどこだろう)

「あのさ、各々の国がに……じゃなかった、ジャンパール島を治めようとしているんだよね? なぜそこまでして、犠牲を払ってまで統一に拘るの?」

「石だ」

「石?」

「この島の何処かに虹の聖石レインボーウィルという、聖石が眠っていると昔から伝わっている。その聖石は手にした者の望みを叶え、繁栄をもたらすと。しかしいつからか、この島を治めるに値する者のみがその聖石を持つ事が許される。と伝わるようになった」

「なんで争う必要があるんだ? 仲良くすればいいじゃないか」

「言っただろう、同じ思想同士が集まると。気の合わない者同士で仲良しごっこなどできるのか?」


 ドームの顔付きが少し鋭くなった。


「いや、まぁ……難しいだろうけどそこを何とか、さ?」

「そういう戯言でどうにかなるのならばとうに治まっている」

「だからって人を、生き物を殺めていいって事にはならないだろ」

「……」


 ドームは沈黙する。人間のエゴによって色々な生き物の命が蝕まれ、消えていった。それは現代でも言える事ではあるが、知能を備えた人間にはそれ以外の生物はやはり敵わないのだ。


「お前の食べている物も元は生き物であろう」

「あのねー、それは仕方の無い事で。そういう話じゃないだろ」

「兄や、そういう小難しい話は黒法師のお姉ちゃんに任せとけばいいんだよ」


 二人の言い合いにミルが割って入ってくる。あまり考える事が好きではないミルにとっては、世界がどうというよりかは目の前を大切にしたい主義なのだ。

 水を差されたドームは小さく溜息を付き、行く先正面へと向きを変える。


(小難しい、ねぇ。あの黒法師も気になるな。あまり考えると直接頭に話し掛けてきそうだ)

「あとさ、もう一個聞きたいんだけど」

「なんだ」


 不機嫌そうに背を向けたまま反応する。


「この柔道着もそうなんだけど。メイド服とかさ、そういう文化でもあるの?」

「文化? そゆのは知らないけどミルは転移者が持ち込んだ技術とか何とかって聞いた事があるよ☆」


 ミルは上体を起こし、頭の後ろで手を組んだ。


「持ち込んだ技術ねぇー」

(恐らく転移者は現代の世界から転移してきた人間だろうな。趣味嗜好に偏りがある者もいるようだが)


 昨日の並べられた服を思い返すリム。チャイナ服やスクール水着、婦警などなど。コスプレと言わざるを得ない数多くの服。


(少しはこの世界の事が分かってきたな。あとはこのジャンパールの世界線だな。いつの時代なんだろ。文明的には決して進んでいるとは言えないけど、中世辺りになるのかな。現代の技術が流入している時点で多分ごちゃごちゃだろうけど)


 勿論、夢太むうたもといリムは物理学や数学、そういう難しい事は知らない。タイムパラドックスや時間軸がどうとか、そういった類の話は煙が出るタイプである。

 しかし本人も自分のいる世界とは別に、違う世界が。などと考える事もあり、正に今、その状況にあるのではないかと思い始めたのだった。


「もう少しでロングラス大平原だ。降りるぞ」

「さあリムちん、修行の時間だぁ☆」

「お、押忍っ!」


 リムは左側頭の片角に結んである赤い鉢巻きをしっかりと締め直した。

 後にこの修行で起こる出来事が世界を震撼させる。勿論、今のリムには知る由もなかった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る