第19話 オルドール
――――ホワイティア城 城門。
「なあ、ミルー。勘弁してくれよー。なんでこんな姿なんだよぉ」
「文句言わないの、
リムは真っ白な柔道着を着せられていた。一応黒帯だったが勿論当の本人は段位など持っていない。何故か左の角には赤い布を鉢巻きの様に結んである。
(なんでこの世界に柔道着なんてあるんだよ、色々可笑しいなここは。しかも毎回何かしらを角に付けられるし……あいつ絶対角で遊んでるだろ)
ヒラヒラと微風に揺れる赤い布をつまむ。
「せめてなんか履く物ないの?」
「師匠には押忍! って言いなさい! 返事は押忍! 分かった?」
「お、押忍」
(なんで師匠と弟子になってんだよ。それより靴……)
「おい靴だ。さすがに裸足はまずかろう」
ドームが草鞋をリムの前に放り投げる。
「あ、ありがてぇ。さすがドームは話が分かる、ってなんで草鞋なんだよ! もうちょっとこう、マシな物あんだろうが!」
ドームとミルの足元を見て不満を爆発させる。ミルは足首まで編み込みのあるフラットヒールサンダル、ドームは黒色の革製のハイカットブーツを履いていた。
「修行だ、どうせボロボロになるんだ。まともな物は今度やる」
「へ、へい……」
相変わらず良くない待遇に肩を落とす。
「少し飛ぶぞ」
そう言ってドームは指笛を鳴らすと少しの後、遠くから鳥の鳴き声が聞こえた。無言で遠くの空を見つめるドーム。
「お、鳥か? 飛ぶったって三人も乗れる大きな鳥がいるのか?」
「そだよー、ミル達の大切な仲間☆」
ピーーー!
上空で鷹の鳴き声か聞こえた。リムは鳴き声の方を見ると、黒い物体が徐々に近づいてくる。
「おお、鷹か。なかな……ん!?」
徐々に迫ってくる鳥にリムは驚愕する。
「ちょ! ちょ待てよ! でかいでかい! このままだとぶつかるって!」
慌てふためくリムをよそに、ドームは無言で空を見上げる。ミルは相変わらず頭の後で両手を組んでニコニコしていた。
もはや大きいというレベルではなく巨鳥と言うべきか。
地面にいるリム達に激突する寸前で、巨大な翼をゴワァっと広げ急減速する。強烈な風が発生し、リムは耐えきれず吹き飛ぶ。
「あーれー。こんな大きいとわぁ――」
遠のいていくリムの声をよそに、ドームは地面に着地した巨鳥の
「な、なんだこの大きさは!」
「イーグっていうんだよ! ミル達の仲間、家族も同然だよ☆ はい、落し物☆」
(イーグ……ル? 鷲なのか? ピーって鳴き声は鷹の様な気がするけど)
ミルはニコニコしながら、リムが吹き飛ばされる時にすっぽ抜けた赤い鉢巻きを付け直す。
巨鳥の体長はおおよそ一〇メートル、翼開長は三〇メートルにも達しそうな程の巨大さである。人間一〇人は軽く乗れるであろう。体毛は真っ白で神聖な雰囲気を醸し出している。
ドームはさも当然の様に巨鳥イーグの背に飛び乗った。
「早くしろ、こいつは大人しいがあまり待たせると流石にオレでも抑えられんぞ」
(こ、怖えー。こんなんで空を飛ぶとか夢にも思わなかったぞ)
「ほらリムちん早く、行くよ☆」
「おおおああああああ!」
ミルがリムの手を無理矢理引っ張り飛び乗る。
「ロングラスまで頼む」
ドームが指示を出すと、ピーと応える様にイーグは鳴いた。翼を広げ一気に空へと昇る。ホワイティア城があっという間に小さく見える程に急上昇し、ロングラスに向けて羽ばたいた。
「ひえーこりゃすげーや! こんな大きな鳥どこに棲んでるんだ」
「イーグ、数日振りだねー。元気だったー? あ、イーグは近くの森に棲んでるよ☆ 一緒に居てもいいんだけど、森の方が食べ物に困らないみたいだから居心地がいいのかな?」
ゴロゴロとイーグの背中を転がり、温かい羽毛を肌で感じているミル。ピーっと一鳴きしてミルに応えた。
「いやいや、一緒に居てもってこんな大きな鳥、一緒にいられる訳無いじゃん!」
「イーグは魔鳥、魔物の一種だ。そこらにいる普通の動物と一緒では無い。身体の大きさを変えられる」
「魔物? ってことは暴れたりしないの?」
「ああ、黒法師が言っていたことだろう? 自我が芽生えて暴れ出す動物は
「ほーん」
向かい合って胡坐をかきながら話をする横で、ミルは羽毛の気持ち良さに耐えきれず寝ていた。リムがふと遠くを見ると平原らしき場所が見えてくる。
「ほえーそれにしても凄い景色だ。ん? 向こうに見えるいかにも悪者が居ます的な黒い雲がかかった山は?」
広大な平原の向こうには山がありその奥は、何やら怪しげで真っ黒な雷雲が山を含め向こう側を黒く淀ませている。頻繁に稲妻が発生しており、空路では危険極まりない。
「あそこがロングラス大平原だ。その向こうにある山を越えた先が先日現れた
「ふーん、って事は方角的には左が北。右が南ってことか」
「ああ、そう言う事になるな。ここからでは確認できないが北にはブルーフォレスト、南にナインズレッドの二つの同盟国があるのは昨日聞いたと思う。遥か遠い場所の為、なかなか行く機会はないがな」
(なんだろう、なんか引っ掛かるなんだよなぁこの世界。なんだろう……)
「さあ、直に着く。イーグ、ロングラスの手前にある村に降ろしてくれ。悪いが慣れん奴がいるから優しく頼む」
ピーと一鳴きし徐々に下降し始め、下に村が見え始めてくる。ゆっくりとスピードを落とし村の中央へと着地した。
――――
「やはりか……ダンガが操られていたんだ。ここホワイティア領辺境、オルドー村を確認したかったが」
辺りの家屋に原形を留めている物は一つも無い。屋根や壁は崩れ落ち、煙がまだ立ち昇っていた。伸び伸びと育っていた木々も殆どが折れ、根元からごっそり倒れている物もあった。
軽微な武具を装った兵士の死体があちこちに倒れており、地面には血の跡が赤黒く変色している。
木々や地面の焼け焦げた臭いが辺り全体を包み込み、死体の焼けた臭いは三人の嗅覚を麻痺させた。
「
既に周囲を捜索していたミルが遠くから叫ぶ。
「仕方ないリム、悪いが少し手伝ってくれないか。近くに墓地があったはずだ、そこに穴を掘る」
「ああ、構わないよ」
(酷い有様だな……ここで何があったんだ。それにしてもぶっきらぼうな感じに見えて意外と優しいんだな、ドームって)
村の外れにある墓地を目指し、二人は歩き出した。
――――数時間後。
「流石に疲れるなー」
「文句を言うな」
二人は泥だらけになりながら何十人という兵士の死体を埋める穴を掘っていた。
「これで全員かな? ドーム、そろそろかー?」
(ミル、なんだかんだ辛いだろうなあ。いつも陽気なのに今日はてんで元気がねぇや)
鎧を着た兵士の死体を何十回と背負い、墓地と村を行き来するミルは小柄な体型とは思えない程の力と体力だ。それに死体を運ぶ事に抵抗が無いのか凄い精神力である。リムはそんな姿に感心しつつも穴掘りを続けた。
「よし一通り終えたか、弔ってやろう」
三人は無言で兵士の死体を一人一人穴に埋めた。穴の上、頭の位置にそれぞれが装着していた鎧、剣や盾、装飾品といった物。ミルが持ってきた野花を添えて立てる。
その間三人は無言で黙々と兵士を弔い、辺りはすっかり暗くなっていた。
「ごめんね……」
ミルがぼそっと呟く声をリムは聞いていたが、掛ける声が無かった。
「今日はここで野宿をする。周辺から小枝を拾ってきてくれ、修行は明日だ。ミル、お前は休んでろ」
「ああ、薪になる物を探してくればいいんだな」
「頼む」
「……」
ミルはいつもの元気は無く、無言で地面に座り込む。リムも気を使って声を掛ける事はしなかった。
ある程度の枝を集めてきてリムも座り込む。ドームは持っていた短剣と手頃な石とを擦り合わせ火を
リムが枝を集めている間にドームは野兎を捕まえ、木の枝に刺していた。暫くの間焚火のパチパチという音だけが響き、沈黙が続く。
ミルを心配した様子で、イーグはミルに寄り添ってきた。来た時の大きさではなく、人一人を包み込める程度のサイズに縮まっている。
「小さいながらもそれなりに活気があったんだ。オルドール家はここの警備も兼ねて治めていた。オルドーはオレ達の故郷だ」
木に刺さった野兎を焦がさないように向きを変え、焼きながら話し始める。
気が付けばミルは地面に寝そべり、背中を向けて寝ていた。イーグは優しく温める様に翼で包み込んでいる。
「やっぱりそうか、村の名前でピンときたよ。そのオルドール家の二人がなぜ城に?」
「オルドーは以前も戦いに巻き込まれている。覇権争いに負けたんだよ、ホワイティア家に。オレ達は拘束されたんだ」
「覇権って事はオルドール家に
「当時の白王はオルドール、オレ達の祖父だった。祖父が殺されて白王の剣はなぜか再びオルドール家を選ばず今のリリ様を選んだ」
「ってことは」
焚火の音と周囲の木々が風に揺れている。
「ああ、当時は復讐も考えていたよ。祖父も父も殺され、身寄りが無かったオレ達は後先を考えていなかった。だがミルが言ったんだ。辞めよう、父ちゃんと
焚火を見つめながら、悲しそうにドームはただ一点を見つめる。
「突然だった。覇権争いと言いつつもいきなり攻め入ってきたホワイティアに、平穏に暮らしていたオレ達は成す術が無かった。白王様が変わってからホワイティアは圧倒的な労働力で一気に城を建て、一大勢力として君臨した」
「じゃあ、なぜ戻らなかった」
「剣無きは王と呼ばず。守る事もできず、ましてや王でもなくなったオルドールなんぞ戻れるものか。村人に合わせる顔がない」
「そうか。なんか……悪かったな」
「気にするな。今回やられたのは恐らくザハルだろう。しかし今回は黒軍への復讐を考えずにはいられない」
両手を合わせ強く握りしめるドーム。
「とりあえず今日は寝よう。今話しても仕方のない事だ」
「ああ、分かった」
暫くの沈黙の後、二人も床に就く。
「父ちゃん……」
ミルの目からは一筋の涙がこぼれていた。
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