第18話 親切な老人

――――ホワイティア城 巨大図書室


 ここはホワイティア城の一角に設けられ、多種多様な書籍が保管されている場所。一階から三階にあたる位置が吹き抜けになっており、大きな建造物である城内とは言え一介の図書館と匹敵する程の量が並んでいる。

 この世界に関しての文献や歴史書、生活に関する情報書。魔物や植物に関する図鑑、武具の製図等、情報を仕入れるには困らないであろう。


 外に面する壁には二階から三階にかけて、巨大な一枚硝子の窓が陽の光を取り込んでいる。勿論陽に当たりっぱなしでは書物が傷む為、窓一枚一枚にカーテンが設置されていた。適宜開閉を行い室内の明かりを調節している。湿気に関しても怠る事は無く、換気用の窓を一階部分に適当な間隔で設置されていた。


 本が集まる場所はやはり独特の香りがあり、インクや墨の香りが部屋に充満している。部屋の香りに関してはもはや換気で取り除けるものではない。いくら掃除をしているとはいえ膨大な書物と本棚、管理には骨が折れるだろう。放置され古びた家屋に似た埃っぽさもあった。


「なー。なんだってこんな場所に連れて来たんだ? オレ、本とか全然読まないタイプなんだけど」

「兄やが、とりあえず連れて行けっていうから。とりあえず☆」


 リムとタータはミルに連れられ、城内の図書室へ来ていた。


「それにしても広いなーここ。んー古い図書館って感じの匂い」


 軽く深呼吸をし、何処か懐かしい匂いを感じるリム。


「とりあえずって言ったってここで何を読めと?」

「んー、分かんない☆」

「はぁ……まあいいや。とりあえずこれまでの歴史に関する文献とかあったりする?」

「それならばこれはどうでしょうか」


 奥から腰の曲がった老人の男性が、一冊の分厚い本を持って歩いてきた。腰が曲がっている所為で正確な身長は把握できないが、頭の位置はリムの胸辺り大凡一二〇センチ程である。腰を伸ばせば一五〇センチ程のリムを越える身長だろう。

 媚茶こびちゃ色のローブを羽織り、右目には金色のフレーム付きのモノクルを掛けていた。白髪の頭は若干薄く、相当の年寄りである事はリムにも分かった。


「ジャ――ル歴史書?」

「はい、この世界の色暦しきれきに関する文献でございます」


 古惚けた表紙は痛み切っている為、正確な題名を読む事は出来なかった。


「アタシはあっちに行ってるね☆」

「あ! タータ、食べ物図鑑探すー♪」


 二人はスタスタと本棚の奥へと消えていった。


「色暦?」

「はい、三原神さんげんしんと呼ばれた御三方がこの世に生まれた年より数えられた年月を指します」

「数えられた? この世界にカレンダーなんてあるのか?」

という物は存じ上げませんが、私達は雪が融け、桜が咲く時期を一周期と考えています。その周期を一年として数えているのです」

「なるほど、理に適っているな。正確な日数は分からないが季節で周期を把握しているのか」

「はい。桜が咲いてから雪が降り、また桜が咲くまでにはかなりの日数があります。数えるには少々骨が折れます。なので一年の周期を十二の月で数えております。立ち話もあれですので、こちらへどうぞ」


 老人は右手を出し、奥へと案内する。

 リムが案内された場所は木組みの椅子と長机、老人はいつもここに座り本を読んでいる。机は図書室の入口の丁度正面奥に位置している。対面にも同様の椅子があり、リムを座るように促した。


「桜が咲く時期から始め、咲月さきづき植月うえつき降月こうづき早暑月そうしょつき酷月こくづき終酷月しゅうこくづき快月かいづき肥月ひづき憂月ゆうづき寒月かんづき芽月めづき焦月こがれつきとなっています」


 老人は筆を取り、紙に書き記していく。書き終わると、植月うえつきと書かれた文字に丸を付けた。


「現在は植月うえつきになります」

「ほーん」

植月うえつきって事は咲月さきづきの次か。桜が咲くって事は四月頃、その次だから五月頃って事か。それにしてもなかなか分かり易い。各月を季節の体感で把握しているのか)

「んで、今は何年なんだ? えーと色暦だっけか」

「今は色暦二〇一五年です」

「三原神とやらが生まれてから二〇〇〇年も経ってるのか」


 リムの後ろからパタパタと何やら小刻みに音が聞こえてきた。


「ああああ! 折角良い所まで来てたのにぃ! タータんのバカぁ」

「ミルっち、ごみん! 気付かなかったああ!」


 ミルは本でドミノを作っていた。タータは食べものに関する本を熱心に探し読み漁っていた為、並べられた本を蹴ってしまったのである。


「何してんだアイツら……」

「ホッホッホ。若い者は元気が良いですの」

「おーい! お前ら、図書室では静かにしろって親に言われなかったのか!」

「ほえー? リムちんなんか言ったー? あ、タータんも手伝って☆ 本棚の本全部使ってパタパタするの☆」

「やめんかい!」


 リムは子守りをするつもりは無いのだが、何故か二人から目が離せなかった。


「それにしても爺さん、何故こんな所で?」

「いやはや、老体には外仕事は少々大変でして。ロンベルト様の許可を得て、この図書室の管理をさせてもらっています」

「それもそうだな、わざわざありがとうな。騒がしい奴もどうか勘弁してやってくれ」

「いえいえ、ミル様はいつもあの様に明るい方ですので。老いた身には若者の元気な姿を見ているだけで満足です」

「そんなもんか?」

「ええ、そういうものです」


 老人は顔をしわくちゃにし、ニコリと微笑んだ。


「話に水を差されてしまったな。そろそろ行くよ、ありがとう爺さん」

「いえいえ」


 老人に礼を言い、図書室の出口へと振り向く。

 出口へ向かう途中に左奥に鉄板を斜め十字に張り付け、簡単に開ける事が出来そうに無い扉を見つけたリム。多少疑問には思ったがそれよりも遊びまわる二人を制止する事が重要であった。

 部屋を出たリムは振り返り軽く手を上げ、老人は深々と頭を下げた。


「タータ、食べ物の本見てたらお腹空いてきた! ちょっとお料理してるとこに行ってくる♪」

「まあ、起きてからまだ何も食べてなかったからな」


 足早にタータは廊下を曲がっていった。


「リムちん、後で着る物持っていくから部屋に戻っててー☆」

「お? このメイド服よりまともな物を頼むぞ!」

「任せて☆」


 リム達が去った図書室では一人、老人が散らばった本を片付けていた。


「少々厄介な事になりそうですぞ、ロンベルト様」


 ボソリと呟く老人は、開かずの扉へと向かい速度を緩める事無くすり抜けていった。

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