第17話 黒牛
――――ブラキニア領 ダーカイル城 玉座の間。
ここダーカイル城はザハルの居城。父ガメルの居城ブラキニア城とは別に、もう一つあるブラキニアの拠点。ブラキニア城の北に位置し、
防衛の為の城とは言いつつも、あくまで前線拠点である。ビル五階分、おおよそ一五メートル程で北欧風の白い石造りの小ぶりな城だ。
城の北側を守る様に高さ一〇メートル程の石の防壁が、東西へ延々と伸びている。
その防壁の北側には、
様々な国同士が争い合う中、当時のブラキニアは北側に位置する小国との小競り合いが続いていた。
この
城の前の防壁には、高さ五メートル、馬車二台分が通れる幅の門。亀裂を跨ぐ様に作られた鉄橋が一本のみ。
通行は全てその橋を渡るしか無い。だが渡る人間はブラキニア軍しかおらず、たまに流通路として行商が通る位だった。
防壁の前に巨大な亀裂、北側からの侵攻を警戒している事は言うまでもない。常に
城主であるザハルは玉座の間に居た。石製の椅子はザハル用に小さめ。玉座とは言い難いが王子であるザハル以外座る者はいない。
中は薄暗く外を見る窓はない。広さもさほど広くは無く、テニスコート一面分程。壁も床も石でできており、ひんやりとした空間である。灯りは椅子の左右に有る松明が一灯ずつあるだけ。
「ザハル! なんで退いたんだ!」
アルは凄い剣幕でザハルに問いかける。
「落ち着けアル。お前もあの凄まじい力を目の当たりしただろう。あんな力は見た事がない」
「だが!!」
「落ち着けと言っている。あの場は小娘に救われたまである。あの白い眼、あの力。このオレが一瞬でもたじろいでしまった。普通なら消える事が無いオレの影でさえ消えていたあの光の空間……いや光ではないな、無といったところか。自分の存在が消えそうな感覚だった。お前もあの場に居合わせていたんだ、分かるだろ」
怒りと焦燥で落ち着きを無くしているアルをなだめながら、当時の状況を分析するザハル。だが己の力に対して自信に満ち溢れているザハルも、流石に動揺を隠し切れてはいなかった。
アルはこの場で冷静さを失っても意味が無いと、落ち着く為に深呼吸をする。
「確かにあんな力はオレも見た事が無い。
アルも腕を組み考え込む。
「ああ、
「そういえばあの娘、以前見た事がある気がするな」
「それはお前がここに来る前の話か?」
「ああ、まだブラキニア領に入る前だ。確かホワイティアの辺境だったと思う。だがまだ子どもだったな。同一人物とも限らんからなんとも言えんが」
「お前が来る前と言ったら、あそこらへんは覇権争いで内乱状態だったはずだな。数年前か」
「ああ、どうでもいい争いなんか興味が無かったからな。早々にロングラスに向かったよ」
アルは当時内乱が絶えなかったホワイティア領を訪れていた。
「ホワイティアは確か、
ザハルは鼻で笑い、斧の柄に施されたブラキニアの紋章を見つめる。二本のL字の角が左右から生え、鋭くつり上がった赤い眼をした牛の紋章。
「そういえばザハル。こっちにも西側の山の麓に
「ああ、ブラキニアに代々伝わる祠と言われている。あそこは……待てよ? アル、祠に行くぞ!」
「どうした急に」
ザハルは何かを思い立ち椅子から立ち上がる。巨大な戦斧を床に立て、そのまま下に軽く押す。すると床の影に沈んでいくかの様に、斧が吸い込まれて消えた。
「代々伝わる祠は、黒王誕生の際に新たな斧が突如現れると言う。現在の黒王が死ぬと同時に、その時使用していた斧は消滅し祠に現れる。あれから何日も経っているが父の気配が一向に掴めん。万が一死んだのならば祠に新たな斧が現れているはずだ」
父ガメルが死んだという事を信じる訳にはいかないが、同時に見つからない焦りやはっきりさせておかなければいけない諦め。様々な感情を押し殺し、ザハルは右手を強く握る。
「分かった、ついていこう。黒王様が死んだとは考え難いがお前が言うのなら」
ザハルは鋭い眼つきで玉座の間の扉に向かい歩き始めた。アルもザハルに並び歩き、扉を出る。
「ダンガといったか。お前もついてこい」
「……」
玉座の間の外側、扉を守る様に立っていたダンガは無言で後に続く。
――――ブラキニア領西部 山間部に位置する洞窟 黒星の祠。
「辛気臭い場所だな」
「何を言っているザハル、洞窟が煌びやかな雰囲気な訳がないだろう」
「そうやってすぐお前はオレをバカにする」
「そういう訳じゃない」
三人は黒星の祠内部まで足を運んでいた。
洞窟内は本来暗がりを好む魔物達が蠢いているが、ザハルが来た事により魔物は身を潜めている。本能的に危険を察知しているのだろう。
「ここにくるのは初めてだが、えらく深いな」
「実際に祠があるのは、山脈の中央部に位置する場所だからな」
「めんどくせぇ」
数時間は歩いたであろう。ザハルはかなりイライラしていた。一向に着く気配が無く途方も無いこの時間が非常に不愉快だった。
しかし、放ってはおけない状況を打破すべく動いたのだ。ここで引き返す事も更に時間を無駄にするだけである。
「空気が変わったな」
「ああ、何かの気配を感じる。アル、警戒しろ」
中から外へ流れていた空気が、中へと吸い込む様になった。
「何者ダ」
奥から松明の明かりがボンヤリと見え、低く重い声が聞こえてきた。
少し開けた空間は行き止まりになっており、二灯の松明の間には何も置かれていない白い石の台。その後ろには黒い身体に隆々とした筋肉の半人半牛、ミノタウロスが胡坐をかき座り込んでいた。
「お前は祠のヌシか?」
「名ヲ名乗レ」
「オレはザハル・ブラキニア。現黒王、ガメルの子だ」
「ガメルノ……シテ何用ダ」
「ガメルの生死を確認する為、
「……」
俯いたままのミノタウロスは答えない。
「何か言え、斧が無いのは見れば分かるがどういう事だ」
「斧ハガメルガ持ッテ行ッタ以来、ココニハ現レテイナイ」
「なんだと?!」
「やはり父は死んではいないのだ。それだけ分かればここに用は無い。邪魔したな牛」
やはりといった様子でザハルはその場を立ち去る。残る二人も続くように去ろうとしたが、ミノタウロスはアルを引き留めた。
「待テ。赤キ色ヨ」
「オレの事か?」
「
「ふん、なんだ」
「落チ着ケ、ト」
「訳の分からない事を。もう行くぞ」
「……」
何かを見透かしている様にも聞こえるが、今のアルには全く理解できない言葉であった。
再び数時間掛け洞窟を後にしたザハル一行は、行く先を決めあぐねていた。
「さて、やはりと言うべきか。手がかりは無いにしても一安心といったところ」
「ああ、だがどこに行った。父の所在不明が続けばブラキニア領内も揺らぎかねん」
腕を組み、頭を悩ませるザハル。
「そうだな、外に漏れれば尚の事厄介だ。一旦、領外郭の防備に力を入れるべきか」
「父の事だ、不在如きでピーピー喚きおって。とバカにされかねん」
「まぁ、現にそうなんだがな」
「貴様っ!」
「ッ!?」
突如、甲高い音が三人の耳を
「ちぃ! なんだこれは! 近いぞ、アル! ついてこい!」
三人は灰色の光に向かって足を向ける。
「フフフ。長キ、長キニ止マッテイタ日々ガ再ビ動キ出シタカ。覚悟シテオクンダナ、ホワイティア」
祠内で座っているミノタウロスが、不敵な笑みを浮かべていた。
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