第16話 些細な宴

 ロンベルトが部屋を後にした直後、急にミルが大声を上げテーブルのど真ん中に飛び乗った。


「さーて! お堅いのも居なくなった事だし! パーっといこうパーっと!」

「こらミル? お行儀が悪いですよ? フフ」


 エミルも堅苦しい空気から解放されたのかまんざらでもない様子。


「リムちんお酒は? 飲める? ここの葡萄酒はロングラスにある山が原産の物なんだけど、すんごい美味しいよ♪」

「お酒ってお前、飲める歳じゃないだろうが!」

「歳? ん? 何言ってるかよくわかんないけどとりあえず飲め飲めー!!」

(そうか、この世界は二十歳だとかそういう法律的なものは無いのか)


 テーブルの上にあった葡萄酒のボトルを手に取り、腰の短剣に手を伸ばす。部屋中にポーンッとコルクの栓を抜く音が響き、ニヤつくミルはそのままリムの口にボトルを押し込んだ。


「んぐぐおおおお!」


 無理矢理ラッパ飲みをさせられ、苦しむ様子を見てエミルはまた微笑む。


「ミル、程々にしとけよ」


 ドームは溜息をつきながら目の前の料理を大人しく食べる。ただひたすらに料理を頬張り、全く周りを見ていないタータ。ボトルの中身を一気に注がれたリムはかなり苦しそうである。


「こんの! どうなっても知らないからな! おおおらあああああ!」


 仕返しと言わんばかりにテーブルにずらりと並べられているボトルを一本手に取る。器用に頭の角をコルクに引っ掛け、景気の良い音を響かせた。すかさずミルを羽交い絞めにしてラッパ飲みさせた。


「んんんん!」


 ミルは逃げる事が出来ず、注がれる葡萄酒に溺れ意識が朦朧もうろうとする。


「ふん! 大人をからかった罰だ!」

「フヒ……フヒヒヒヒ」


 ミルは酒に弱かった。ただ弱いならまだしも、一気に注がれたアルコールはミルを豹変させる。顔を真っ赤にしフラフラとよろめきながら、更にボトルを持ってくると再び飲ませようとする。


「まだぁああああ!」

「ひぃ! 勘弁! 自分のペースで飲ませてくれええ!」


 立ち上がりミルから逃げる様に走り回るリム。それを見ながらクスクス笑い食事を楽しむエミル。

 ガンガンと振動するテーブル、ガチャガチャと音を立てる食器類。

 

 ドームは全く気にしていない、普段から一緒にいるのだから当然慣れているだろう。シャンピニオンの傘部分をモルのシチューに付け、大人しく食していた。


「タータにシチューのおかわりください♪」


 タータは揺れるテーブルを必死で抑え、食器をしっかり持ち、零れない様にモルのシチューを口に運び続ける。揺れたスプーンは目的地の口からズレ、周りを汚す。しかしタータは諦めない、ひたすらに料理を口に運ぶ。


「食らえ! ミルショットッ!」

 

 ポーンッと再び音が部屋に響く。葡萄酒のボトルをリムに向け、コルクを飛ばす。


「甘いわ! リムガードッ!!」


 リムはこれまた器用に飛んできたコルクを頭の角に刺した。


「仕返しだっ! リムシューティングッ!」


 同様にコルクの栓を抜くべく左手にボトルを持つ。頭の左にある角は便利道具ではない、しかし使える物なら活用するべきとリムは受け入れていた。角に刺さったコルクを抜き、ボトルに付いているコルクの栓に器用に引っ掛けた。


 飛ばされたコルクの栓はミルに当たる事は無く、後方に居たドームめがけて一直線。しかし、ドームは焦る様子も無く栓を左手で弾いた。左に座っているタータへと飛ばされたコルクの栓は、おかわりとして持って来られたばかりの出来立てモルシチューの中へ。

 タータは気付かず、シチューに浸かった栓を掬い上げ口に運ぶ。


「あれぇ? このお肉はちょっと固いなぁ。ま、いっか♪」


 タータはコルクを食べた。シチューに浸されたコルクを食べたのだ。栓を放ったリムもその栓の行方は知らない……。


 まだこの世界に来て間もないリムは楽しかった。ちょっとした宴、見ず知らずの場所でこうも簡単に受け入れられる事が嬉しかった。



――――数時間後。


 リムとミルは酔いつぶれ床に横たわる。その横にはお腹をパンパンに膨らませたタータが、もう食べれないと寝言を言いながら倒れている。エミルも笑い疲れたのか、テーブルに伏していた。

 ガチャリと扉が開き、ドームが入ってきた。


「おいお前ら、今日はとりあえずここに泊る。ロンベルト様の許可は得た。部屋に戻るぞ」

「んんん……もう飲めない」


 リムの意識は朦朧もうろうとし、立ち上がれる様子では無かった。


「エミル様、私達は戻ります。明日また」


 エミルの顔の横でドームが囁く。


「あ、えぇ。私とした事が寝てしまっていたのね。分かったわ、また明日ね」


 エミルに頭を下げ、ドームは床に倒れている三人の服を掴み、引きずる様に部屋を出て行った。


(こんなに楽しい夜は久しぶりだったわ。リリ姉様、どこにいるの……)


 エミルが不安そうに顔を上げる。


 「さてと、私も部屋に戻ろうかしら」


 楽しい宴は終わった。



――――翌朝。


「痛って! な、なんだ!?」


 顔面の急な痛みにリムがハッと目を覚ます。が、視界が真っ暗。ミルのふくらはぎが顔面に乗っていた。


「痛ってーなー! なんでお前の足が……あああ!?」


 足を退け、身体を起こすリムに飛び込んできたのはなんとも露わな姿のミル。淡いピンク色のショートパンツに、白いベビードールの様なフワフワした服。

 リムに対し直角になり、大の字で寝ていた。挟まれる様に反対には、タータが同じ服装で身体を横に向け寝ていた。


(な、ハレンチ……いや、はしたない格好を。これは最高の眺め……ふむ。良いではないか良いではないか!)


 リムは眼福と言わんばかりに、その光景を目に焼き付ける。ザハルとの戦闘後に気を失って運ばれてきた部屋のベッドで三人は寝ていた。

 リムが目を肥やしていると、急に部屋の扉が開く。


「リムさん? 昨夜はよく眠れましたか? 何か叫び声が聞こえた様な気がしましたが大丈夫で……キ、キャア!!」


 エミルが入ってきたのだ。とても健全な男女が一緒に過したであろう感じではないこの状況に、エミルは顔を赤らめる。


「ハ、ハレンチです!!!」

「あ! いや、その待っ――」


 弁解する間も無く、勢い良く扉は閉められた。逃げて行ったエミルに何故か罪悪感を抱きつつも、視線を下すとそこには露わな姿の二人。


「んん、おはようリムちん。昨日は楽しかったね」

(はぁ……なんだか朝から疲れた)


 寝ぼけたまま挨拶をするミルだったが、またそのまま寝てしまう。深々と溜息をつくリムであった。

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