第15話 歓迎

――――ホワイティア城 大食堂。


 ここ大食堂は玉座の間より遥かに狭い、しかし構造は同じ石である。テニスコート二枚分とある程度広く、天井は一〇メートル弱、支える石の円柱は部屋の壁際に並ぶ。

 部屋の中央に吊るされた巨大なシャンデリアは、キラキラと周囲に輝きを放っている。

 高さは大凡五メートル、幅四メートル、重さは約二トンとかなりの大きさ。煌めくのは二万個のクリスタル。

 食事をする際の楽しげな、華やかな演出の一部である。


「リムよ、まだ貴様の素性は知れない状態。しかし先の闘い、貴様のお陰で危機を脱したといっても過言ではない。エミル様を救ってくれた事も感謝している。ミル達も多少は心を開いている様子、敵意がある訳でも無さそうだ。少々手荒な真似をした詫びと言ってはなんだが、食事をしながら話をしようではないか」


 ロンベルトが椅子に腰かけながら、リムにも座るよう促す。

 

 玉座の間の扉と同じ大きさの木製テーブルは横五メートル、長さ一〇メートルの一枚板。かなりの巨木を用いている事は容易に想像が付く。職人が手間暇かけて作った細工が、机の角や脚といたるところに見られた。


 その大きなテーブルにはこれまた一枚の大きく真っ白なクロス。

 

 机上には様々な料理が並ぶ。

 バスケットに入った様々な形をしたパンが香ばしい香りを漂わせていた。焼き立てが特に美味しいとされるカイザーゼンメル。好きな者には堪らない、食欲をそそる香りを放つベーコンチーズエピ。手に持っただけで崩れ落ちそうな位のサクサクのクロワッサン。


 キノコの様な形をしたシャンピニオンと呼ばれる拳大こぶしだい程のパン。上部はキノコの傘に似せ、カリッとして香ばしい。下部は丸みがありクラムの厚みがある為、食べ応えがある。クラフトとクラムを両方楽しめるパンである。

 見た目で楽しめるプレーンタイプのクノーテン、クラムが特徴の角食パン。

 あげれば切りが無い程豊富な種類、売りに出せば現代のパン屋として人気を博すであろう。


 艶やかなリンゴや、どっしりと一本一本が主張するバナナの房。皮の剥かれていないオレンジは、柑橘系独特の香りが食事の邪魔をしない様にと微かに匂う。

 黄緑色の小振りなメロンや宝石の様に輝くイチゴは、食後に待ち構える別腹要員である。


 待機している食事の間には、三本に分かれた燭台が二メートル間隔で並ぶ。物思いに耽る者がいれば、催眠を掛けるが如く笑っている様にゆらゆらと揺れる蝋燭の火。


 上座に当たる場所には、エミルがしとやかに座っていた。その右斜め前にロンベルト、左斜め前には順に、ドーム、ミル、なぜかタータ。エミルの正面、下座位置にはリムが座る。

 個々の前にはナイフとフォーク、モルのシチュー、モルのステーキが様々な野菜で彩られていた。


「リムさん? あの……可愛いお召し物を」


 エミルがクスっと微笑む。


「あい! ミル達が着せてあげたの!」


 ミルが無邪気な笑顔で手をあげた。


「どうもメイドです! って違うわ!! とりあえず服をありがとう? って言っておくけどもうちょっとマシな物をお願いしたかった」

「あー! 文句言うのねリムちん? まだ他にも色々着せたいのがあるんだから!」

「あ、いえ結構です……」


 リムとミルのやり取りにエミルがクスクスと笑う。そんな話は全く耳に入っておらず、タータは涎を垂らしながら目の前の豪華な料理に見入っていた。


「コホン、えっとですね。先の闘いと言われても影? をぶった切っただけでその後の記憶が少々無いのでありますです。ハイ」


 気を取り直し、リムは両手を見つめた。


「影……あれに対応できる者はなかなかおらんだろう。ザハル……あいつの影は相手の影を乗っ取り、自身に服従する駒の様に変えてしまうのだ。奴らの中に一人、白軍はくぐんのダンガという者がいたが、どうやらその影にやられたらしい。辺境の村を防衛していたはずのアイツがやられたのだ、オルドーの村も既に落ちたとみて間違いないだろう。あそこはそこまで住人は多くないがホワイティア領の端、ロングラス大平原に隣接している為、警備をつけていたがダメだったか。白王はくおう様に頼り切っていたのも悪かった」

「あのーごめん! 反省会の前に悪いんだけど、まだ誰が誰だかハッキリ分かっていないんだ。その……あれだ、自己紹介をお願いしても?」


 ロンベルトの後悔する顔を見ながら、申し訳なさそうにリムが口を挟む。


「うむ、そうだったな。私はロンベルト・ハックだ。白軍騎士長兼エミル様の護衛をしている」

「はいはーい! ミルだよ! ミル・オルドール! よろしくね!」


 元気良くモルの骨付き肉を左手に持ち、右手を大きく振るミル。


「オレはドーム・オルドールだ。ミルと一緒に白軍の諜報活動を任せられている」

「ん? オルドール……君らは」

「そうだ、こいつはオレの妹だ」

「ほえーそうだったのか」

(似つかない二人だな。そういえば最初から二人は一緒だったか)


 出会った時の事を思い出しながら、リムは手元にあるモルのシチューを掬い口に運ぶ。モルとは、現代でいう牛に近い生き物。所謂ビーフシチューである。

 赤ワインをベースにしたスープにジャガイモやニンジンなども一緒に煮込まれ、味が染み込んでいる。ほろほろと崩れそうになるまでに煮込まれたモルの肉は、口に入れた瞬間に解けてしまう。


(んま!!! これめっちゃ美味いやん!)

「んであと、そこの美人ちゃんは?」


 タータはミル同様に左手にモルの骨付き肉、そして右手には長いバゲットを持ち、交互にモシャモシャと口に運び続ける。リスの様に口いっぱいに料理を詰め込み、幸福の限りであろう緩んだ顔。


「ん? ああひはふぁーふぁ! ほふふんひひはへほほっひへほへはひはふほほひはっはほ!」

(いや分からん……最後の笑顔はなんだ)


 口いっぱいのタータは、もはや何を言っているか皆目見当がつかない。


「んぁあああ! ここの料理美味しいねぇ。あ、ごめんごめん! あまりにも美味しかったからさ! タータ・ヴァイオレッタだよ♪ 黒軍こくぐんにいたんだけどこっちでお世話になる事になったの! よろしくね♪」

「え? 黒軍?」

「ザハルだ。どうもザハルの側近の一人だったらしいが元からそうでは無いらしく、忠誠心とやらがまるで見られない。詳細までは聞いていないが、思うに流れの者だろう」


 ロンベルトは、ひたすらに食事を取るタータを見つめる。


「そだよ! ふらーふらーって歩いてたらザハル君が、寝る所くれるっていうからあっちのお城に居たの♪ でもこっちのお城の方が心地良さそうだから来ちゃった♪」

「は、はぁ」

(自由奔放だなこいつ)


 リムは苦笑しながら再びスープを口に運ぶ。


「私は白王はくおう・リリ姉様の妹、エミル・ホワイティアです。姉様の行方が分からない今、代理でホワイティアを治めています」

(よく見るとこちらのお嬢さんもかなりの美人……いや美少女か? さすが異世界、女性のクオリティが高い)


 どこかあどけなさが残るエミルとお花畑を重ね、妄想に耽るリム。


「コホン、それでリムよ。重ね重ね聞いてはおるが貴様は何者だ。転移者の可能性もあると聞いている」

「ロンベルト様、先程も部屋で聞いていましたが、やはり記憶が無く転移者だと黒法師くろほうしも言っていました」


 ドームが真顔でロンベルトに伝える。


「フン、あの紫髪の女か……まあよい。ホワイティアに敵対する者で無いのであれば無下に扱う訳にもいかんだろう」

「ええ、それにリムのあの力。凄まじいの一言です」

「ああ。リムよ、暫く滞在しても構わぬ。しかし、またいつ力が暴走するやも知れん。ドームよ、リムが力を制御出来るよう色々と頼む」

(こいつを迎え入れる事ができれば白軍はくぐんの戦力として大いに役立つ可能性がある)


 ロンベルトはドームと目を合わせ、互いに小さく頷く。


「え? いいの? ご飯は?」

「ドームに任せる」

「服は?」

「ドームに」

「リムちんの服はミルがお世話するよー☆」

「いいい!? それはちょっと……」

「ずっとそれ着てるとよ?」

「あ、いや。そうだけど……」

(ここは仕方無いか。とりあえず衣食住はなんとかなりそうだな。力の制御? んーとりあえず暫くは流れに任せるか)


「それでは私は諸々の警備がある為、ここで失礼する。リムよ、ひとまず歓迎しよう。何かあればドームに」


 ロンベルトは食事も控えめに席を立った。


「ロンベルト、無理をしないでね」

「ありがとうございます。心配には及びません、それでは」


 エミルは心配そうにロンベルトを見つめる。ロンベルトは頭を下げ、部屋を後にした。

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