第23話 感情のままに
――――ロングラス大平原西部。
「毒がなんだっ! ドラゴンがなんだっ!」
怒り狂うミルの目から薄らと光が見えた。それは頬を伝う事無く地面へ落ちる。まるで超高速で動くミルから置いていかれた様に、孤独に、静かに。
ドラゴンの鱗は固く、吐く息は毒を含む。ミルが発した霧は毒霧へと変化していく。次第に周囲一帯が毒霧に覆われ、ミルは距離を置かずにはいられなくなってしまっていた。
タータはドラゴンの背中から無言でミルを見つめる。
(考えろ、考えろ。どうしたら止められる)
「毒がなんだっていうんだぁあああ!」
ミルは毒に侵される事を
「ドラドラちゃんっ!」
「分かってるわよぉ」
ドラドラと呼ばれたドラゴンは咆哮と共に火炎を吹き出す。ミルは舌打ちをし身体を捻り、飛び
「ひぃ!」
「リム、壁だ! 灰色の壁を!」
咄嗟に言われて出る訳がないとは思いつつもドームは叫んだ。しかし一度出した感覚がある所為か、瞬時に半透明の灰色の壁が形成された。
炎は壁に当たるとそのまま吸収されるように消え、ドラゴンからリムへ直線状に焼け跡だけが残る。
間髪入れずにドラゴンが再び咆哮を上げ、水流を吐き出す。
「このドラゴンなんなんだよぉお!!」
リムへ水流が迫る。が、勿論灰色の壁に効くはずもなく吸収されていった。
(はっ!? 火が消えている……? 毒霧もだ! それにさっきからタータとドラゴンは殺意を込めた攻撃をしている様子が無い様に思える。なんでだ?)
「隙だらけだぁあああ!! 故郷の仇ぃ!」
炎を間一髪で避けたミルは態勢を立て直し、再び超高速で切りかかった……。
――――ホワイティア城内。
「なぁ黒法師、
「あら、この世界に興味でも沸いたのかしら?」
「いやほらタータがさ、この城に住む時に色星に誓うって言ってただろ? それに誓うっていうだけでみんな納得できるってどういう事なんだろうと思って」
「フフフ、
「されている?」
「ええ、私も直接会った事はないわ。自身の色星に会った者なんているのかしら? そこは私にも分からないわ」
「ほーん。で?」
「色星に誓うという言う事、それは自身の主、信じる者への約束事。主たる色星への誓いを破った場合、
リムは腕を組み難しい顔をしていた。
「つまりあれか、命を懸けて誓います的な?」
「そうね、正しく命に代えてでも守るという事で間違いないかしらね、フフフ」
「ほーん」
――――
リムは黒法師との会話を思い出していた。
(タータが村を襲ったのはホワイティアに危害を加えないと誓いを立てる前の事。しかもミル達の故郷という事も知らなかった。それ以降ミル達、いやホワイティア自体にも危害は加えていないはず。タータは誓いを守っている、燃えた地面を水で消した様にも思えるけど。今の戦闘も防御はしてもミルへの攻撃はしていないはず……っ!)
「ミル、やめるんだ!! タータは攻撃の意志は無い!! 落ち着け!!」
「もう……止まれないんだよ。もう止まれないんだよぉ! なんでこんなに悲しいの? なんでこんなに苦しいの? こんなのは……イヤなんだよぉ!」
ミルの目が涙で滲む。ミル自身も分かってはいたのだ。だが、報われない故郷の人達や過去の惨劇。収まりきらない感情が心の器から溢れて止められないのだ。
ドームは戦闘には加勢せず、険しい顔付きで成り行きを見守っている。強く握られた拳は震え、手の平に爪が食い込み赤く染まっていた。
「リムっちは分かってたのね、タータは嬉しかったの。ずっとずっと一人だった。ザハルに拾ってもらったけど寂しい気持ちは拭えなかった。でも、ここに来て嬉しかったの」
ドラゴンの上で立ち上がったタータは大きなとんがり帽を外す。キレイな紫色の髪が微風に揺れた。
「短かったけどあんなに楽しい時間は初めてだった。漸く仲良くなれそうな、素敵な友達ができたかもって思ったんだよっ♪ 村はごめんなさい、知らなかったの。だけど色星に誓った以上ミルっち達を傷つけるつもりはないし、たとえそれが無かったとしてもタータは多分ミルっちと仲良くしていきたいと思うよ♪」
既に勢いに任せたミルの勢いは止める事は出来ず、鈍く光る殺意はタータの首元に狙いを定めていた。
「どっちみちこのままじゃ
タータは両の手を広げた。
ミルは目を瞑り、涙が溢れていた。
首元にミルの悲しみと怒りが迫る。
ニコリと微笑んだタータも目を瞑る。
「ご主人様、また一緒に遊べるわよね」
毒のドラゴン、ドラドラも寂しそうに事の
「やめろぉぉぉおおおおおおおおおおおおおおおお!!!」
喉が千切れんばかりの大声と共に、身体に力を入れたリムの叫びは周囲を止めた。
空気が止まった。
音が止まった。
ニオイが止まった。
感情が止まった。
色が止まった。
全てがモノクロームになる。
【
リム・ウタ、刻を吸収する。
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