第7話 裸の尋問

――――ホワイティア城地下牢


「おーい、兵士さーん。なんでもいいから着る物くれませんかー。寒いんですけどぉー」


 リムは手に錠を掛けられた状態で地下牢に放り込まれていた。裸で。


(うーん、どうしたものか。全くもって状況が理解できんな。喫茶店で気絶して目が覚めたら身体変わってるし、訳も分からず連れてかれるし。挙句地下牢かよ……お母ちゃん、夢太むうたは捕まっています。トホホ)


 牢のど真ん中で一人胡坐あぐらをかきながら嘆くリム。

 一〇畳程の広さの牢は全面石で出来ており、明かりは鉄格子の外に衛兵用の松明が一灯。いくら松明があるとは言え地面の石畳は、裸のリムの身体を冷やすには十分だった。

 遠くから鎧のこすれる音が徐々に近づき、牢の前で止まる。


「出ろ」


 渋々腰を上げたリムは、衛兵に引っ張られる様に階段を上がっていく。

 暗がりの螺旋状の石段をひたすら上がり、目的の階に到着した後はだだっ広い廊下をひたすら歩かされていた。

 長い階段と廊下を歩かされた所為で、冷え切ったリムの身体は火照ってきている。しかし何も敷かれていない冷たい石の床の為、足先の感覚は殆ど無かった。


 漸く止まった場所は、豪華絢爛ごうかけんらんな巨大扉の前。鉄製の扉には金や銀、宝石類の装飾品で彩られ、圧倒的な存在感である。見上げる程高く、幅は優に五メートルを超える。重厚な造りになっており、とても一人の力では開きそうには無い。


「ロンベルト様! 連れて参りました!」

「入れ」


 扉の向こう側からロンベルトであろう声が聞こえ、重くゆっくりと扉が開いていく。どういう原理で動いているのであろうかとリムは考えたが、答えには行きつかなかった。

 開かれていく扉から振動が伝わってくる。足先の感覚が無くなっている為に、その振動は股関節周辺からリムの全身へと響いた。それは股関節の中心へも妙な刺激を与えたのだった。


 衛兵に促され広間に入るリムは、周囲をキョロキョロと見渡す。サッカー場の一面程もある広間。両サイドには、大人三人が両手を広げてやっと囲む事ができる石柱。それは数一〇メートルもあろうかという高さ。入口から広間の奥まで等間隔で何本も天井へ延びている。柱一本一本には松明が付いており、パチパチと灯っていた。

 

 天井には太陽の光を浴び、ステンドグラスが色鮮やかに輝いている。

 入口から玉座までは、幅二メートル程の真っ赤な絨毯じゅうたんが敷かれていた。石造りの広間は灰色一色の為、一本の赤い線が目立って見える。


(ほぇーめちゃくちゃ広いなぁ。壁も柱も石で出来ているのか。どこかの城かなぁ。くぅ! 絨毯のモコモコが気持ち良いぜ)


 リムは涙を滲ませながら、少しだけ感覚の戻った足裏の柔らかい感触に酔いしれた。


「止まれ」


 リムは広間の奥、玉座の前まで来た所で止められた。

 目の前からは蹴上けあげ一五センチ、踏面ふみづら六〇センチとおよそ現代の公共施設にある階段よりも歩幅が広い段差が二十五段。一番下の段から玉座までは高さ四メートル、距離にして一五メートル。

 壁を背にした玉座からは半円状の段差になっており、下からはとても一足飛びできる様な作りでは無い。

 

 段上には三メートル程の高い背もたれと、大人一人がゆったりと座れる幅広な玉座。鉄製の椅子だが背もたれ、肘掛は白く縁取られており、金銀宝石の煌びやかな装飾が施されている。また、ふかふかなクッション材にも白い生地が使われていた。

 全体が石造りの広間、入口から伸びる赤い絨毯、天井からのステンドグラス越しに差し込む光。玉座だけが完全にこの広間を支配しているともいえる、圧倒的な存在感だった。

 

 その椅子には白銀の鎧を着たエミルが、落ち着きなく座っていた。膝の上で両手をモジモジさせながらチラチラと視線をリムにやる。

 座っているエミルの右手隣には、ロンベルトと呼ばれた男が腕を組み堂々と仁王立ち。無表情で上から見下ろしている姿は威厳があった。


「あのぉ! どなたか存じませんがぁあああ! とりあえず服くれませ――」

「黙れ! こちらの質問にのみ答えよ。勝手な発言は許さん」

「へいへい……」


 仁王立ちしたロンベルトに発言を止められ、服を貰う事が叶わなかったリムは肩を落とした。


「あの……ロンベルト」

「はい」

「とりあえず服だけでも着させてあげてもよろしくて。その……目のやり場に困ります」


 恥ずかしさと好奇心の狭間で闘っていたエミルは限界だった。座ったまま両手を股に挟み、モジモジしている。


「仕方ありません……衛兵! 何か適当な布でも持ってこい」

「ロンベルト様、よろしければこちらで用意したものでも」

「キャハハ、ヘンタイさんは服をご所望でぇーす」


 いつの間にかリムの後ろには、麻色をした服を持った一人の男が立っていた。

 その隣には魚の骨を咥え、相変わらず頭の後で手を組んだスタイルのミル。


「ドームか、早かったな」

「いえ、大した距離ではありませんので」


 ドームと呼ばれた男が軽く会釈する。


(ドーム……? ドームってあの老人の? 別人だけど同じ名前でもいるのかな。みんな髪は白いし居ても不思議じゃないな。まぁそんな事、今はどうでもいいか。まずはこの場をどうするか)


 この城に連れてこられる前のドームは老人の姿をしていた。しかし、現在は打って変わって好青年である。

 髪はミルと同様、白髪で短髪。左頬から顎にかけて鋭利な物で切られたであろう傷痕があり、顎には少々の髭がある。青い瞳はミルと同じではあるが、常に眉間にシワを寄せ鋭い眼つきだった。

 

 身長は一七二センチと大柄ではないものの、鍛え抜かれた身体付きは見事と言うべきか。自信という言葉がぴったりであろう堂々とした面持ちをしている。

 深緑色の現代でいうTシャツを着ているが、筋肉のお陰か身体にフィットしている。ゆったりとした焦げ茶色のハーフパンツを履き、足には黒色の革製のハイカットブーツ。


 装飾品は左手首に銀製のブレスレット。ミルと同じ左向きのユニコーンの刻印が施されている。その他は特に目立った装飾品は無く、武器らしき物を携えていない。しかし、両の手には革のフィンガーレスグローブを付け、おおよそ格闘タイプであろう事は一目瞭然だった。


 リムは渡された服を着ながら、不審に思われない様に周囲を確認する。


(いや、これ服って言ったらダメでしょ! バスタオルみたいに下は巻いてるだけだし、上はポンチョみたいだし。応急処置感が……)


 何気なくミルに目をやると、右手の親指を立てニコニコしながらグッジョブしていた。


(あいつ、絶対楽しんでるだろ……)


 リムは小さな溜息をついたのであった。

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