第8話 灰王誕生

――――ホワイティア城 玉座の間。


「さて、改めようリム・ウタとやら。お前は何者だ」

「だーかーらー! 何者とか聞かれてもただの美少年としか答えようがないってば」

しらを切るな! その異様な出で立ち、誰が見てもただ者ではないのは一目瞭然ではないか!」


 相変わらず耳を貸す様子の無いロンベルトにリムは溜息を漏らす。


「あーだからそれはドームさん? にも聞かれたけど、何を言ってるのか全く理解できないんですけどぉ」

「報告によれば戦場の、白王はくおう様と黒王こくおうが闘っている場所に何かしらの物体が落下したと。その後確認した限りでは、白王様含め周囲にいた敵味方もろとも消えていたというではないか」

「そんなの知らないってば」

「その落下地点にお前が居た。しかも白王様の剣、そして黒王の斧をも身体に吸収したとも聞いている」

「だから知らないって」


 全く身に覚えも記憶すらも無いリムは、会話をするのが嫌になってきていた。


「フフフ、騎士長殿。その者どうやら記憶が無いか、本当に知らない様ですよ?」


 ロンベルトの右後方、石柱の影から紫色の髪をした黒フードの女が現れた。

 相変わらず口角の上がった口元しか見えず、不気味さを漂わせている。


「何を根拠に。仮にそうだとしてもこの黒い片角に灰色の髪、黒王の血をひく者か魔の類であろう!」

「フフフ、リム。左手を前に出して念じるのです、邪悪な両刃の斧を」


 黒フードの女は真似てみるようにと左手を前に出し、リムに向かって何かを呟く。するとリムの手錠が崩れるように消え去る。

 ロンベルトは腰に携えていた剣を慌てて引き抜き身構えた。


「貴様正気か! 罪人の手錠を外すなど!」

「フフフ、大丈夫よ騎士長殿。その者はそんなつもりなんてないと思うわよ。ねぇ? リム」


 リムは訳が分からず首を傾げ、言われるままに左手を前に出す。目を瞑り、邪悪な両刃斧をイメージした。

 すると何もなかった左手の先の空間がボーリング大に黒く歪み、中から身の丈程もある黒く大きな斧がスーッと現れる。斧の柄は黒く、両刃は光を反射する程磨かれていた。

 その場にいた全員が驚き、ロンベルトは更に腰を落とし臨戦態勢に入る。


「待って待って待って! 何これ! 何したの!」

「フフフ。やはり貴方、黒を司っているのね」

「ロンベルトさん待って待って! 戦闘の意思は無いから!」


 今にも斬りかかってきそうなロンベルトに、リムは慌てて右手を横に振る。


「ロンベルト待って!」


 エミルの制止に小さく呼吸し身体を起こす。しかし警戒は緩めていなかった。


「リム……さん? その斧はどういう物か分かっていますか?」

「いや、全く……」

「それは代々黒王が持つとされている黒斧ブラックアクス。黒王以外が持つ事は不可能と伝わっています。何故それが貴方の手から出てきたのか、何故持っているのかが分かりません」

「フフフ、エミル様。この者は黒を司っています、ですが……リム、右手を同様にかざし神聖な剣を念じてみなさい」


 リムの思考は既に停止していた。再び黒フードの女に言われるまま、右手を前に出し剣をイメージする。すると左手の黒斧ブラックアクス同様、右手の先の空間にボーリング大の白い球体が現れる。

 光り輝く実体の無い球体からは、綺麗な装飾が施されたきらびやかな長剣が現れる。柄の中央にはペガサスの紋様。


「それはっ!?」


 ロンベルトは現れた剣を見て、警戒を緩める程唖然とした。


「姉様の剣っ!? 貴方一体……」

「そう、これは白王様。リリ・ホワイティア様の聖剣でございます。この剣も同様、代々白王のみが持つことを許されている神聖なる剣です。しかしこれは王が持てるのでは無く剣が王を選ぶ為、選ばれし者が代々の白王を名乗ってきました」


 黒フードの女がリムに説明しながらゆっくりとロンベルト達との間に入ってくる。既に思考が停止しているリムにはもう答えを求めるしかなかった。


「つまり……?」

「つまり……」


 黒フードの女はリムの前に片膝を付き、ひざまずく。  


「フフフ。白王様でもあり、黒王でもあると言えます」

「そ、そんな馬鹿な! そんな事など有り得ん! 交わる事など決して有り得ない二対の色。世界の理に反している!」


 今度はロンベルトが状況を飲み込めず慌てふためく。だが流石の騎士長兼護衛。呆然とするエミルの前に立ち、守る姿勢は崩さない。


「だけど騎士長殿、現にこうなっている現状をどう説明しろと仰るのです? フフフ。髪は灰色、片方には黒い角が生え、両色の選ばれし者のみが持つ事が許される武器を同時に持ち……これでは――」

「これじゃまるで灰王はいおうだね☆」


 相変わらず頭の後ろで手に組んだスタイルは崩さず、楽しそうに会話に割り込んでくるミル。


「そう、灰王とでも言うのかしらね。フフフ」

「と、とりあえずフードのお姉ちゃん。これ、どうやってしまうんだ?」

「フフフ、色素しきそ色力しきりょくの扱い方を教える必要がありますわね」

(王がどうとか色がどうとか……いよいよもってオレの頭も活動限界だぞ)


 リムは引きつった顔で返事をするしかなく、頭から煙が出始めている。

 黒フードとミルだけが何故か楽しそうに笑みを浮かべているが、その他全員は身体を強張こわばらせたまま動かない。それほどまでにこの世界の常識に反している状況であった。

 

 突如、後方の殺気に気付くミルとドーム。ミルは振り向きながら腰に据えていた短剣を構え、腰を落とす。

 鉄と鉄が強烈にぶつかる音が聞こえ、広間の出入り口のあの重厚な扉がリム達の前まで弧を描き、クルクルと回りながら飛んでくる。


「よう! 邪魔するぜ」

「!!??」


 大きな扉が床に落ち、部屋中にけたたましい音が響き渡る。破られた入口からは三人の人影が見えたが、煙で姿ははっきりと確認できずゆっくりと玉座へ歩いてくる。

 しかしいち早くその者の正体を確認した黒フードの女は、瞬時に石柱の影に隠れそのまま姿を消した。


「お、お前は!」

「なんだよこの城はよ! なんか薄っぺらい結界みたいなものはあったが素通りもいいとこだぜ。白軍はくぐん様の結界はただのカーテンか何かか?」


 煙の中から現れたのは巨大な戦斧を肩に担いだザハル。黒王の息子、ザハル・ブラキニアだった。


「もうちっとまともな結界張っとけよ、ポンコツ騎士長殿ぉ」

「くっ! こんな時になぜ貴様がここにっ!!」

「なぜもクソもねぇよ。父ガメル・ブラキニア捜索だぜぇ。ついでにこのままこの城、ぶっ壊しちまうかぁ!」


 広間に居た全員が突然の出来事に硬直する中、立ち込める煙だけがゆっくりと揺らめいていた。

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