第6話 片角の美少年

 時は戻り現在、ホワイティア領内都市ストーンリバー とある一軒家。


 シングルサイズのベッドが一つだけの六畳程の部屋。壁には申し訳程度の向日葵の花畑を描いた絵画。何の変哲もない、庶民の宿屋を思わせる部屋。


「ギャー! ワー! なんだこれは」

「うるさい奴じゃのー」

「だって! だって! 誰! これ!」

「誰も何も無いじゃろうが、自分を見て誰とは頭でもおかしくなったのか」

「当たり前だろ! なんで角なんか生えてるんだよ! しかも身体縮んでるし! 髪も伸びてる! 誰よ! この美少女!」


 部屋に置かれていた姿見の前で夢太むうたが叫んでいた。裸で。後ろには腰の曲がった白髪の老人が杖を付いて立ち、ギャーギャー騒ぐ声に耳を塞いでいた。


「どったのー爺やー」


 部屋の扉が開き、一人の少女がパンを齧りながら入ってきた。身長は一五〇センチ程と小さく、正しく少女といった体型。


 ポニーテールにした白い髪は、旋毛つむじ辺りから結い、後ろに降ろしている。しかしそのままでは地面に引きずるほどの長さの為、腰の革ベルトに髪を巻き付けていた。

 また、先端は腰から垂らした状態でサラブレッドの尻尾の様にサラサラと揺れている。控えめに言ってもかなりの存在感とボリュームだ。

 

 前髪は眉を隠す位の短さで、こめかみ辺りから左右に伸びた髪は小振りな顔の頬を撫でている。

 身軽で動きやすそうな服装には白と緑の二色を合わせたデザイン。決してシンプルとは言えないが煌びやかでもない、さながら女盗賊だ。

 左手首には銀製の太めのブレスレットをしており、真ん中には左に向いた角が生えた馬、ユニコーンの頭が刻印されていた。


 裾にモコモコの毛がついた紺色のホットパンツを履き、小さい身体ながらも綺麗な脚が露出していた。足首まで編み込みのあるフラットヒールサンダルは、身動きがとりやすいように工夫されている。

 

 クリっとした大きな瞳は青く澄んでおり、非常に美しいと言わざるを得ない程の美人だ。しかし、クシャッと笑う無邪気な笑顔と口調、小柄な体型のお陰で、一般男性からの評価点はマイナスである。『もう少し歳をとれば……』周囲は口を揃えてこう言う。


「見りゃわかるじゃろミル。弱り切っておったとばかり思っておったらこの元気っぷりじゃ」

「キャハハ! 元気が一番ってね☆」

「笑い事じゃなかろうて。ちゃんと報告してきたんじゃろうな」

「勿論だよ! こんな異様な姿、警戒しない筈がないじゃん」


 ミルと呼ばれた少女は、手放しでパンを口でモグモグさせニコリと笑う。両手を頭の後で組んで楽しそうに左右に揺れていた。


「さっきから何訳わかんない事言ってんだよ。そりゃ異様な姿じゃオレもビックリするわ!」


 そう、夢太の身体は別人だった。背丈は一五〇センチ程に縮んでいた。

 色は変わらずグレーアッシュだが、背中の中間程にまで伸びた髪の毛はバサバサ。

 左耳の上辺りから前方に向かって生えた黒い角は鋭く、額の辺りで真上へと直角に伸びている。一見、ザハルのそれと変わらないのだが、右には角は無く人間そのもの。

 

 顔も以前の「男前」では無かった。小顔でパッチリとした二重まぶた、俗に言う美少女。片角がある以外は、普通の人間と変わりがない。胸は平らで華奢な体型、少女にしか見えないが下半身はれっきとした男子だった。


「とりあえず羞恥心は無いみたいね」

「あ……」

「ふむ、まあまあってところだね。キャハハ☆」

「ああああああ見ちゃだめよ! ヘンタイ! お嫁に行けなくなっちゃう!」


 素っ裸で姿見の前に立っていた夢太は、いきなり現れた女子に「己」を露わにしていた。


「男じゃろ……ミル、からかうのもそこまでにするんじゃ。さて本題に入ろうかリム・ウタとやら」

「リム? ウタ?」

「おぬしが自分でそう言うたじゃろ」


 爺やと呼ばれている老人が急に鋭い目つきで睨みつけたが、夢太はキョトンとしている。


(ああ、そういえば名前聞かれて端折られて……そういえばこの子、ミルとか呼ばれてたな。ここは何処だ? なんかよく分からんが、とりあえず本名は伏せとくか)


「お、おう。オレの名前はリ、リム・ウタだ。それで、本題とは?」

「単刀直入に聞くが、おぬし何者じゃ」

「何者と言われましても」

「ヘンタイ。プッ」

「ミルや、外に出ておれ。おぬしがおると話が進まんわ」

「ちぇ! つまんないのー。プッ、ヘンタイ」


 吹き出す笑いを堪えるが、話の腰を折ったミルは怒られてしまう。しかし、懲りていないのか笑ったまま後ろ手に組み部屋を出ていった。頭の後ろで手を組むのは彼女のスタイルだ。


「見ての通り、びしょうじ……美少年ですが」

「普通の人間と言うには無理があるじゃろ少年。その真っ黒な角……黒王こくおうとよく似ておる。おぬしの傍らに落ちておった黒王の斧と白王はくおう様の剣。おぬしの身体に吸い込まれるように消えていったではないか」

「はいぃ?」

「それにその灰色の髪色と両耳についておる星型の装飾品。剣と斧も然り、決して交わる事の無いと言われておる白と黒。異様な姿のおぬしを警戒せぬ訳がなかろう」


 夢太、もといリムは改めて自身の顔を確認する。


(ほんとだ、髪色は前と変わってないけど、ピアスが左に黒、右に白。両方左に付けてたはずなんだけどな……ネックレス無くなってるし。お気に入りだったのに……トホホ)


「そう簡単に口を割らぬのも分かっておったが。まぁよい、いずれわかるじゃろうて」


 老人は何かに気付き、窓の外に目をやる。外からは複数人の足音が聞こえてきた。重みのある整った足音達は、鎧を着た兵士の隊列だという事はリムにも分かった。

 列が家の前で止まり、先頭から大きな声が聞こえてきた。


「ドームよ! 例の者はおろうな!」

「さてと、来てもらうかの。リムとやら」

「いや、その……」


 ドームと呼ばれた老人が、無理矢理リムの腕を掴み家の外まで引きずり出す。

 リムは力の限りに抵抗したが、その老体からは想像もつかない力で掴まれた腕は、ついぞ解くことはできなかった。


「ハッ! ロンベルト様、こちらに」

「いってーなぁ! もうちょっと優しく扱ってもらってもいいですかねぇ!」

 

 隊列の前に放り出されたリムは、座り込みながらドームに文句を言う。裸で。


「城まで来てもらおうか。拒否したところで無駄だがな。衛兵、連れて行け!」

「ハッ!」

「え! ちょ、ちょっと待ってぇぇええ!」


 車輪の付いた木の檻に無理矢理押し込まれ、どこかへ連れて行かれるリムであった。


「ちょっとおおおおお! 服ぐらい着させてぇえええ! こんな赤っ恥、お嫁に行けなくなっちゃうぅううううう!」


 後方には深々と頭を下げるドームの姿と、何か何かと集まってきていた民衆が、ヒソヒソと話をしていた。


 追い出されていたミルは屋根で胡坐あぐらをかいていた。先程の雰囲気とは変わり、引かれ行く檻を真顔で見つめる。


「ふーん。リム、ねぇ……」

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