第5話 揺れる白

――――ホワイティア領ホワイトマウンテン山頂ホワイティア城 一室。


 ザハルらへの知らせと時を同じく、ここホワイティアでは一人の女性が溜息をもらしていた。


「はあ、姉様。何故城の防備に私を。姉様が負ける筈が無いけれど、城を防備するより私も一緒に出れば楽勝なのに。はあ……」


 室内には可愛らしい置物や華やかな絵画などは見当たらない。花を生けた花瓶が一個、花瓶台に置かれているだけだ。

 白い壁紙に綺麗な装飾の小振りなシャンデリア、キングサイズのベッドに艶のある綺麗な木のテーブル。


 彼女用の個室だろうか、簡素だが品の良い白を基調とした清潔感のある部屋だった。

 窓の近くにある白いソファに座り外を眺める女性。ソファの隣にある花瓶の花と溜息が、一層彼女の魅力を引きたてている。


 彼女の仕草一つ一つにサラサラと揺れる白いロングヘアー、艶やかで毎日の手入れを怠っていない証拠だ。大きな瞳は青く神秘的な輝きを感じる。鼻は高く、ぷっくりとした唇のその顔は美女というに相応しいだろう。一六〇センチの身長で白銀の鎧を身に着け、白のロングスカートを履いている。さながら女騎士といったところ。


 彼女の脳裏に出立前の姉の姿が浮かんだ。


――――――――――


「エミル、貴女はここに残りなさい。黒王こくおうとの戦いでもしもの事があれば頼れるのは貴女しかいないのだから」


 鉄の馬具が取り付けられ、翼の生えた綺麗な毛並みの白馬に跨った女性。エミルと呼んだ女性に笑みを浮かべた。


「リリ姉様、縁起でも無い事を言わないでください。城の防備は私、エミルにお任せ下さい。姉様の御早い御帰還を御祈りしています」


 尊敬の眼差しで見上げるエミルに対し、安心した様子を見せるリリと呼ばれた女性。


白王はくおう様、そろそろ……」

「ええ。では行ってきますわ。夕飯の用意忘れないでね☆」


 ニッコリと微笑むと、側近数名と共に一気に空へ駆け上がった。


――――――――――


「早く帰って来ないかなあ。料理長に姉様の大好きなモルのシチューをお願いしているのに」


 手をモジモジさせながらまた溜息をし、窓の外に目をやる。


「あれは……なにっ!? 何か嫌な予感がする……」


 エミルはボーっとしていた為、遠方の空から流星が煙の尾を引いて落ちてきている事に気づくのが遅れた。

 流星は遠いながらも、眩しい光が視界をチラつかせる。キラキラと視界を遮り、凝視するには目を細めながら瞬きをするしかない程。そうこうしている内に流星は山の向こうへと消えていった。

 直後、轟音と地震が城を揺らす。


「きゃあっ!」


 エミルは急な揺れに耐えきれずバランスを崩してしまう。

 よろめく身体を制御しようとするも成す術無く、近くにあった花瓶置きの角に頭をぶつけ、そのまま床へ倒れ込んだ。


――――――――――


 揺れが収まった頃にメイドが駆け付け、部屋の扉を開ける。既に一〇分は経っているだろう。


「エミル様! エミル様!? 大丈夫ですか……っ!? 血が! 衛兵さんエミル様が! 早く!」


 メイドは手に付いたエミルの血にワナワナと慌てふためき、混乱を極めていた。


「慌てるな、気絶しているだけだ。医者を寄越せ、オレが付こう」


 いつの間にか後ろに立っていた男は冷静にメイドに命じた。

 騎士長の風格の青年は、一八〇センチの身の丈に全身を白銀の甲冑を纏い、短くサッパリした白髪。眉間にシワを寄せ、一重の目は険しい表情だった。いい味の出た顔には威風堂々とした雰囲気を漂わせている。


 騎士長の男は鎧を着たエミルを軽々と両の手で持ち上げ、傍にあったベッドへ優しく寝かせる。

 女性一人ならまだしも、鎧を着用しているとなると相当な重さである。しかし、それを苦も無く持ち上げる男はかなり鍛えられた身体であろう事は歴然。

 倒れた花瓶を花瓶台に戻し、落ちていた花を持ちあげると同時に窓の外へ目をやる。男は険しい表情のまま、山奥にモクモクと立ち上る煙にただならぬ事態を感じていた。


――――――――――


「頭を打った様ですが、命に別状はありません。気を失っているだけですので暫く安静にしていれば心配はないでしょう」

「そうか……下がってよい」


 騎士長の男がそう言うと、医者は深々と頭を下げ部屋を出て行った。


「騎士長様が付いていながらこの様だと、リリ様もさぞ悲しむでしょうね。フフフ」

「黙れ異色いしょく風情が! リリ様に気に入られているのか何か知らんが好き勝手にしよって。お前は戦況の確認でもしてくるがいい!」


 いつの間にか黒いフードを目深に被った女が部屋の隅に佇んでいた。

 フードの隙間からは軽くウェーブのかかった紫色の髪が垂れている。しかし、隅の暗がりもあって顔は確認できない為、怪しい事この上ない。一五五センチ程の身長、黒いマントに身を包んだ姿形からも得体の知れない不気味さを漂わせていた。


「それもそうですね。何やら面白そうな事になっているみたいだし、行ってこようかしら。フフフ」

「フン。何が面白そうだ、信用ならん気味の悪い奴め。お前がいるからエミル様の護衛をしているのだ」


 おっとりした悩ましい声が彼女の妖美な姿を連想させる。だが、微笑みながら再び部屋の隅へ後ずさりし、そのまま暗がりへ消えていった彼女はただの人とは思えなかった。

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