第3話 喫茶 スターライト
仕事を終え、帰り仕度をして一人帰路につく
都会では無いがそこそこ大きめの街。片側二車線の車道は車の行き来も多い。商用ビルが建ち並び、少し歩けば歓楽街、繁華街へも繋がる街の中心地。サラリーマンには仕事終わりに一杯引っ掛ける為の絶好の街である。
綺麗に整備されたアスファルトの歩道にはゴミ一つ無い。しっかりと手入れされた街路樹からは冬一色の電灯が飾られ、綺麗に並んだイルミネーションは恋人達の視線を奪う。
外は薄暗く天気は崩れ気味、雪も地面に積もり始めていた。
「うぅ、寒い! 風呂入って飯食ってユーチャームでも見るか。いつもつまんねぇなぁ、なんか面白い事ないかな……満足できる場所に行きてぇよ……そうだよ、オレが自由に生きられる世界にでもなんねぇかな」
夢太は訳の分からない事を呟きながら、焦げ茶色のロングコートのポケットに手を突っ込む。徐々に冷えてくる体温に身を縮め早歩きで足跡を付けた。
(それでいいの……?)
「ん? やべーな、疲れと日々のストレスで頭がおかしくなったか」
(貴方はそれでいいの? 誰かに従う器かしら? フフフ)
どこからともなく夢太の頭の中に
「って自分の息じゃねぇか! 結構やばいなオレの頭、疲れてるんだろうな」
呆けていた夢太の身体に何かがぶつかった。慌てて意識を戻し、正面を確認する。
「あ、すみません」
「あ、こちらこそすんません。よそ見してました」
黒く手入れの行き渡った艶のある長い髪が視界に入る。
とてもとても夢太には釣り合わないと思える程の高嶺の花だった。
一六〇センチ程の身長に紺色のロングコートを羽織り、ヒールのある黒いロングブーツを履いていた。体型を察するに、細身のスタイルは常に意識された健康体。
軽く会釈してその場を去る女性の匂いにまたもや夢太は呆ける。
(キレイな人だなぁ。オレもあんな人と)
見た目の奇抜さもさることながら考える事もお花畑だ。
常に色々な感情が頭の中にある様なグチャグチャしている、しかし目の前一つ一つに対しての切り替えは早く、良くも悪くもはっきりした性格。
夢太は奪われかけた意識を再び取り戻し振り返ると、先程の女性が路地裏に入っていく姿が見えた。普段は全く興味など無い筈が、その時は何故か引っかかった。
(あれ? あんな所に路地裏なんかあったっけかな)
夢太は後を着けるように路地裏に入っていくと、そこには見慣れない喫茶店があった。
一昔前によく有りそうな年季の入った店構え。橙色の煉瓦が年月を経て、苔混じりの焦げ茶色になっている。手入れが行き渡っていないのか、所々蔓が張り付いていた。
【喫茶店 スターライト】
(スターだと! 星大好き人間には見過ごせない単語)
夢太は、これ以上無い程に目を輝かせ心が躍った。丁度先程の女性が喫茶店に入っていく姿が見えた。無意識に匂い、もとい後を追ったのは言うまでもない。
店の扉をあけると入り口に付いていた大きめのベルが揺れ、店内に入店の知らせが響き渡る。
店内の四つ角には、オレンジ色に灯る一般的な台形のフロアスタンド。中央にもオレンジ色のペンダントが一つ。決して明るいとは言えない空間である。
広さは入口左側から奥にカウンターが伸び、色褪せた木製の丸椅子が五脚。
中央のスペースは空いており、右側には申し訳程度の小さい丸テーブルが三つ。各テーブルには同様に木製の丸椅子が二脚ずつ。
奥には店内の角に合わせた小豆色をしたL字のソファと同じ丸テーブルが一つ。せいぜい一五人程が入れる広さだった。
店内には、マスターの男性がカウンターで白いコーヒーカップを拭いている。L字のソファには黒いフードを被っている怪しげな人物が一人。その他は誰も居らず、振り子時計の音だけが静かに時を刻んでいる。
(暗いなぁおい、大丈夫かこの店。客は……居ないな。あれ? さっきの女の人は?)
「あのーマスター? 今黒髪の女性が入って来ませんでしたか?」
マスターの反応は無く、俯きながら黙々とコーヒーカップを拭いている。
(……無視かよ!)
「そこのお兄さんちょっとこっち来てよ」
奥の黒いフードの人物から女性の声がし、夢太を呼ぶ。声は若いが、深々と被った異様に大きなフードが肩のあたりでひだを作り、鼻先と下弦の月のように口角が上がった口元しか見えない。
夢太からは微笑んでいる様に見えた。
(怪しい、怪し過ぎるぞ!)
だが何故だか退屈な日々を送っていた夢太には好奇心しか無かった。恐る恐る黒フードの女性の前に立つ。
「な、なんでしょう」
「お主、いつから生きておる」
(お、ぬ、し! いつの時代の人間だよ。お前こそいつから生きてんだよ! でも声が若いな、さっきの女の人かな)
「いつから? あ、いや言ってる意味が分かんないっす」
「そうか。記憶が無いのか」
「はい? すんません全く意味分かんないんですけど。失礼しますね」
「
「!?」
黒フードの女が呟いた瞬間、夢太は視野が真っ白になり気を失った。
その場に崩れる様に倒れた夢太を見て、黒フードの女は意味有りげに笑みを浮かべていた。
――――――――――
辺りは真っ白な空間、上も下も分からない無重力の空間に夢太は漂っていた。全裸で。
(あれ? ここはどこだ? 確かオレは喫茶店に居て。灰星……なんか聞いた事あるな。気を失ったのか? うーん分からん、意識はある、のか? しかも裸)
身体を動かそうとするも全く身体と意識がリンクしていない様子。
(貴方の居場所はどこ? 貴方は誰に従うの?)
夢太の頭の中に黒フードの女の声が届く。
(この声は、さっきのフード女!? 居場所? 従う? 訳わかんねえな。女に従えばこの状況なんとかなるのか?)
(私じゃないわよ)
(うーん、全くもって意味が分からん。さてどうしたものか)
当たり前の様に会話をしている様だが、声は発しておらず意識の中での会話という事に気付いていなかった。それよりもこの状況をどうしたものかと悩む事に集中していた。
夢太は考え事をしているといつも意識が四方に飛び散る癖がある。考えているのだが、中々考えが纏まらないのだ。その為、正面から目も開けられない程の光が、夢太へ迫ってきている事にも気付くのが遅れた。
(おいおいおい! ちょっと待て待て! 何? なんか来る?! ぶつかる?!)
結局迫って来た光に目を開けられず、堪える様に目をつむる。
――――――――――
「大丈夫ぅ?」
「これミル、危ないじゃろ! 近付くでない!」
幼い少女の声と、老いた男性の声が夢太の頭に響く。
気が付けば夢太は、大きなクレーターの中心に倒れていた。裸で。
「お姉ちゃん寒くないの?」
(お姉……ちゃん?)
「お姉ちゃん名前は?」
「さ……はり……む……うた」
意識が朦朧とする中、名前を告げる。
「リム……ウタ? なんか変わった名前だね!」
(ちげぇよ! なんで最初を端折るんだよ!)
どうもはっきりと伝わらなかった様である。程なくして夢太は、力尽きる様にまた意識を失った。
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