205話 帰還

「もう帰られるのですか?もう少しゆっくりして頂いても…」


 熾天使の言葉に同意するかのように、見送りにきた最後の砦ラストフォートの住民達がうんうんと頷く。


「いやこれ以上は流石にな…。娘達が帰りを待ってる」


 元々、高校生である娘達が修学旅行に行ってる間に、コッソリとこの世界を観光しようと画策していたシンジであったのだが――転移直後嫁達とバラバラになったり、襲撃に巻き込まれたり、魔人城を攻めたりと――流石に色々と長く滞在しすぎていた。おかげで娘達の修学旅行の期間は既にっくのうに終わっており、帰宅した瞬間に怒られることは間違いないのだ。


 パパ嫌いと愛娘4人に言われてしまえば、シンジはショックで簡単に寝込むほどに娘達を溺愛している。そういった未来を予想してか、不安で若干顔を青ざめさせているシンジの内心を察して、将軍がボソリと小さく言い放つ。


「…余計なお世話でしたな」


「うぅ…。黒騎士様…」


 暗殺者がその隣で涙を流す。


 二人とも肉体的にも精神的にも、あの頃より成長したとはいえ、やはり人間時代に命を救って貰った恩人との別れは、寂しいものがあった。


 そこへ、魔人達に奴隷として扱われてきた人々が感謝の気持ちを伝えるべく、地面に額と両手を付けて平伏した――いわゆる土下座である。


「このご恩は一生忘れません!」


「孫の孫の孫の代まで語り継げます!」


「毎日お祈りします!!」


 彼らは、狂歌達が破壊した砦周辺と、魔人城周辺にいた奴隷達だ。あの戦闘のあと――のちに『聖戦』と後世に語り継がれていくのだが――各地に行き場を失った奴隷たちの保護をシンジや嫁達が行ったのである。


 その結果、【信仰力】なるものを大量にゲットしたのだが、未だに使の分からないシンジはその時ふーん程度に感じていた。後にこの力の使い道を理解し、神としてこの世界を君臨していくことになるのだが――それはまた別のお話。


「シンジさん!」


 そこへ、少女がシンジに抱き着き、別れの涙を流していく。


「いがないでぐだざいよぉー」


「また近いうちにくる。だから泣くな」


「本当でずかぁ。やぐぞぐですよぉ」


 シンジはユーナの頭を撫でると、あぁまた来ると約束をして離れる。


「もう行くぞ」


 シンジは雫を背後からガッチリと抱きしめ、嫁達は肩などの掴める部位を掴んでいく。


 シンジからすれば――この世界に転移する最中に、嫁達が謎の対抗心で揉めあっていた為に、全員がバラバラの地点で転移するという、最悪ではないがよくない結果が起こった。そこで、万が一全員がまたバラバラに転移してしまったとしても、シズクだけは絶対に俺が守ると、決意した事もあり嫁達は嫉妬しながらも渋々それを受け入れた。


 実際、転移先でも何事も問題なくやっていけたという実績もあり、シンジは狂歌達の実力を深く信頼いるからこその対応なのだが――それでも嫉妬するものはするのだ。


 嫁達は前科があるため仕方なく従ってはいたものの――雫の勝ち誇ったような笑みを、悪女の様な笑みを見て、内心イラっと来た狂歌達は、そのイライラをシンジにぶつける。


「ぐおおお!?」


 ――具体的には、横腹を強くつねるという行為に出る。


「急に何するんだ」


「「「「ふんっ!」」」」


「んふふ♪」


 機嫌が非常に悪くなっている嫁達を横目に、シンジは雫の機嫌の良い声を聞くと、見送りに来た全員に、苦笑い気味の表情で別れの言葉を告げる。


「じゃあな」


 その直後、転移を発動させたシンジは一瞬で姿が消えると、元の世界へと帰還した。


「行ってしまわれたな…」


「…うん」


 将軍の呟いた言葉に返事を返すユーナ。その場に残った者たちは、微かな寂しさを覚えながらも、生き残った喜びを共に分かち合うのだった。



 ☆★☆★


 読者の皆様へ:次回で最終回です。

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