5話 絶望
あの後、俺は警察に保護された。
それから先のことはよく覚えてない。
たんたんとことが進んでいったからだ。
今現在、警察官によって用意されたホテルで休息をとっている。
分かったことは、殺戮を行った魔物が触手を持っていたということだけだ。
赤色の触手に黒い斑模様のついた触手が何個か俺のリビングに落ちていた。
きっと母さんが抵抗したのだろう。家にあった黒刀で。
母は剣道5段の所持者だ。刀を持てばそれなりに強い。
だが、魔物から見れば魔力を持たぬ人間は無力である。
魔力を持たぬ母が、魔物に勝てる訳が無いのである。
母が死んだあと、父も殺されてしまったのだろう。
俺は、無残に喰い殺された両親の姿が頭から離れなかった。
切り離された頭部。無表情でこときれていた両親の顔。
食い散らかされた体。血まみれのリビング。
思い出す度に何度も吐き気がした。
思い出す度に何度も絶望した。
今日は二人の記念日だった。めでたい日だった。
近いうちに、年の離れた可愛い兄弟ができると思っていたのだ。
生まれたら可愛がってやろうと。兄としていろんなことを教えてあげようと思っていたのだ。
でも、もういないのだ。家族は。魔物によって殺されてしまったのだから。
心にドス黒い炎が生まれる。殺意という名の
俺は敵わないと頭で理解しながらも、復讐を決意する。この身に宿る憎悪を誰かにぶつけなければ気が済まなかったからだ。そうしなければ気が狂いそうだったから。
「絶対に許さない。殺してやる。」
部屋で涙を流しながら復讐に駆られるシンジ。
そのまま泣き疲れて、いつの間にか寝てしまうのだった。
★☆★☆
5月11日 朝
朝起きると、体中が汗まみれだった。悪夢を見ていたせいだ。
目の前で魔物に殺される両親。卑下た笑い声をあげながら両親を喰らう魔物。何もできずに絶望し膝から崩れ落ちる自分。魔物がこちらに気付き、ゆっくりと近づいてきた。大口を開け、こちらを喰らおうとする所で目が覚めた。
「最悪だ。」
朝から悪夢を見るとはツイてない。
汗をかいたためシャワーを浴びる。すぐに終わり、着替えた。
テレビをつけると、昨日の魔物による事件が報道されていた。
死者はなんと18名だそうだ。
ヒーロー達によって捜索されているが、未だに見つからないようだ。
「無能どもが。」
悪態をつきテレビを消す。
今日は、昼から葬式だ。今回の事件による犠牲者たちの為に弔いを一斉にやる。黒服に着替え準備をする。
タクシーで葬式会場についた。
会場にはクラスメイトや先生達がいた。両親の友人や同僚もだ。みんな優しく声をかけてくれた。励ましてくれた。その優しさに心が震えた。
俺にはもう家族がいない。母の両親や親戚は既に他界している。父の両親や親戚は外国にいるため今日の葬式には間に合わない。
会場で美香に出会った。美香は涙を流していた。
「美香...」
「シンジ君...うちもお父さんとお母さん死んじゃったよ...もう...うちには何も残ってないや...どうしたらいいかな...」
泣きながら抱き着いてくる美香。
驚いた。まさか、美香の家族まで犠牲になっていたとは。
同時に怒りが込み上げてきた。大切なものを一方的に奪う奴らに。復讐を決意したが何の力も持っていない無力な自分に。
美香を抱きしめ、泣き止むまで背中を撫で続けた。
★☆★☆
時間はあっという間に過ぎていった。
時間が経つたびに人は少なくなっていった。
狂歌にも会った。父子家庭だった彼女は父を魔物に殺されたそうだ。
彼女はそれほど悲しんでいる様子を見せていなかった。
「よう狂歌。」
声をかけると彼女はこちらに気付いた。俺の顔を見た瞬間に狂歌は悲しそうな顔をした。きっと我慢していたのであろう。強いなと心の中で思っていると。
急に抱きしめられた。狂歌の胸に。
「我慢しなくてもいいのよ?私が全て受け止めてあげるから。」
そう言われて今まで我慢していた気持ちが涙としてあふれ出た。
狂歌に頭を撫でられながら泣いた。号泣した。狂歌に抱きしめられ、安心感を得ていた。
狂歌は俺が泣き止むまでずっとそうしてくれた。
★☆★☆
私は小さい頃から父が嫌いだった。いつも仕事ばかりで家にいないからだ。
いつもお金をリビングのテーブルに置き、出て行ってしまう。最低限の会話しかしたことがない。
私達親子の関係は冷え切っていたのだ。
母が私を産んで亡くなった後、父は仕事に没頭した。母の存在を忘れるように。
私は、おばあちゃんに育てられた。中学に上がる頃には亡くなってしまったけれども。
小さい時から、シンジと美香の家庭が羨ましかった。家族から愛を注がれてたからだ。私の望んでいる
私は愛に飢えていた。誰かに愛される事を望んでいた。
6歳の時だ。シンジの家で遊んでいた時おままごとをした。彼が夫役で私が妻の役だった。
とても楽しかった。こうなったらいいなと思っていた。それを口にすると、彼は言ったのだ。
『じゃあ将来は狂歌が俺の奥さんだな!』
『え...じゃあ私のこと好き?』
『うん。好きだよー』
嬉しかった。そして胸がドキドキした。
あの時の感覚はいまでも忘れない。その時からだろう。シンジを好きになったのは。
小さい時の何気ない会話だ。きっと彼はもう忘れてしまっているに違いない。
好きと言ったのは友達としての好きだと思う。だが、それでもいい。私は彼の言葉で救われたのだから。
自分が愛に狂っていることには既に気付いている。でもしょうがないじゃない。シンジが好きなんだもの。
葬式会場に着いた時、シンジと美香が抱きしめあっていた。すごく嫉妬した。
私に話しかけてきた時の、彼の顔が悲しみにあふれていた。それを見たとき、私も悲しい気持ちになった。
だからだろうか。彼を思わず抱きしめたのは。
抱きしめたシンジが泣いていた。泣いていたのだ。
彼をこんなに悲しませる魔物を許せるわけが無かった。殺してやりたいと思った。
でも、力のない私では無理だ。ああなんて無力なのだろう。彼の為なら何でもするというのに。
だから私は自分のできることをした。
彼の気持ちを少しでも落ち着かせるように。彼がこれ以上悲しい思いをしないように。
狂歌はシンジが泣き止むまで抱きしめることにしたのだった。
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