4.灰色のカード


 背筋に鳥肌が立った。


 ラングリュート王の発言に、俺と同じく寒気を覚えたヤツはどれくらい居るのか。俺は目線だけを巡らせて周囲を観察したが、眉を顰めているのが少数いる程度だった。


 いやでも、違う。まるで危機感が足りてない。

 この人はもしかすると、――。


「では次に、冒険の助けとなるアイテムを配布する」


 何事もなかったかのように、赤髪の青年が前に出る。

 いかにもRPGに登場する騎士という感じの男前だ。それに王様たちのメンツの中でも圧倒的に年齢が若い。


 その精悍な顔立ちと、鎧を纏っていてもそれとわかる鍛え上げられた肉体を前に、女生徒の視線の熱度が先ほどとは明らかに変わった。気持ちはわかる。


 青年は生徒の顔を端から端まで見遣ると、ニッと犬歯を見せて快活に笑った。


「近衛騎士団副団長レツ・フォードだ。よろしく頼む」


 意外にも子どもっぽい、人好きのする笑顔だ。

 レツさんはそれから、


「こんな暗いところで話してたら、王も君たちも気が滅入るだろう。一度、オレの指を見ていてもらえるか?」


 顔の前に一本の人差し指を立てると、何気ない調子でそんなことを言った。

 ほとんど反射のようなものだ。俺やユキノ含め、三年二組の生徒の目が一斉にその指に向かった。


「光よ、照らせ。《光源玉ライト》……っと」


 あっという間だった。

 鼻歌交じりに唱えたレツさんの指先に、見る見るうちに大きな光の玉が出来上がったかと思えば、それが天井目掛けて勢いよく浮き上がったのだ。


 ちょうど片手サイズ。

 放たれた光の玉は天井付近で弾け、眩い光が溢れた。

 先ほどまでの、蝋燭の炎が揺らめく頼りない空間とは打って変わった明るさが聖堂内に満ちている。


 しばらく、誰も何も言わなかった。

 ラングリュート王の話はあまりに突飛で現実味がなかったから、まだ平静でいられた。しかし物理法則をねじ曲げた超常現象をいざ目の前にしてしまうと、俺たちはひたすら圧倒される他なかったのだ。


「……はい。そういうわけで、今のが魔法。冒険者になれば、こういうのが多かれ少なかれ使えるようになる。てことで、これを踏まえた上で本題に移る」


 俺は呆然としつつもレツさんに視線を戻す。

 その横にはメイドらしき女性二人が控えていて、彼女たちは銀色のカートを押してくると、生徒たちの眼前にそれを配置した。

 膝立ちになって見てみると、カートの上には数十枚の灰色のカードが二列にわけて載せられている。


 レツさんは懐から赤いカードを取り出すと、それを掲げつつ俺たちを見渡した。


「これはリブカードと呼ばれるカードで、冒険者の等級を証明するものだ。魔術刻印が成されており、等級が変わったり、新たな呪文やスキルを覚えたりすると、自動的にカードの記述も更新される」


 そう説明するレツさんのカードは、蛍光塗料を塗られたかのように一部が光り輝いている。遠目に見て文字の形をしているようだ。

 しかし俺の距離からでは、何が書かれているかまでは読み取れない。


「リブカードの色に関しては、得意な魔法系統を示している。俺の場合は炎属性の魔法が得意だから赤いカードってことだ。これはまあ、参考程度でいい。途中でカードの色が変わることもあるしな」


 そう言うとレツさんは自身のリブカードを仕舞った。


「では一人一枚ずつリブカードを手に取ってくれ。カードを手にしたら自分の名前を宣言すること、そうすれば魔術刻印が発動する。特性上、冒険者の上書きや使い回しは一切不可能だ。貴重な物だからくれぐれも無くさないようにな」


 説明が途切れた絶妙なタイミングでマエノが立ち上がった。


「出席番号順にカードを取りに行こう」


 王様の話に納得したからか、それとも単純に見せられた魔法の効果なのか。いつの間にやらマエノは、王様たちに協力的な態度を取ることにしたらしい。


 が、マエノの発言を聞き、隣のユキノは噴き出したようだった。

 といっても控えめなもので、傍目にはまるで咳き込んでいるようにも見える。いつも粛々としているユキノにしては珍しくて、俺は目を丸くしてしまった。


「……ふふ。異世界に来てまで出席番号って……兄さん、マエノくんって面白いですね」

「わかりやすいっちゃ、わかりやすいと思うよ」


 俺が同意と取れるようなそうでもないような、おぼつかない返事をしても、ユキノはまだうふふと笑っている。

 やっぱりこの妹、異世界やってきてからいつもよりテンションが高いぞ。でも楽しそうなユキノを見ていると俺も多少は気分が落ち着いてきた。

 この際、変にネガティブに考えていても仕方ないか……。


「すげえ、文字が光ってる。おもしれえ」

「おまえのカードの青色、ちょっとくすんでね?」

「えーっ! 私覚えてる魔法一個だけなんだけど……」

「そんなんじゃスライムにやられるだろ」


 さっそく、出席番号が早い朝倉悠アサクラユウあたりがギャアギャア騒いでいる。

 それも当然といえば当然かもしれない。学力テストや体力テストはともかく、「自分の隠された力を判定する」という感じのテストとくれば特別楽しくなるし、みんなテンションも上がる。


 イシジマが出したアトラクションという例えも、あながち外れではないのかも知れない。その証明とばかりに、まだ順番まで結構あるはずのクラスメイトまで立ち上がって列を作っている。何故か男女わかれて一列ずつだ。


「行きましょうか、兄さん」

「うん」


 そのしばらく後、ユキノに呼ばれて俺も立ち上がった。

 俺たちは当然ながら名字が同じ「鳴海ナルミ」。ユキノは戸坂直トザカナオの後ろ、俺は手島道之テジマミチユキの後ろだった。順番はお互いに前から三番目だ。


 列に並ぶと、ほんの少しの高揚感と、緊張感とを覚えてソワソワしてくる。今もクラスメイトがそこらじゅうで騒いでいるので尚更だ。

 順番が回ってきたところで、おずおずと一枚のカードを手に取った。それからレツさんの言葉を思い出し、ゆっくりと唱えてみる。


「……ナルミシュウ」


 その瞬間だった。光り輝く文字がカードに浮かび上がったのは。


 ――――――――――――――――


 鳴海 周 “ナルミ シュウ”


 ベーススキル:"言語理解"、"言語抽出"


 ――――――――――――――――


 ……うん。

 予想はしていたけど、何というか、さっき王様が言ってた最低限のスキルしか無さそう。


 あの女神さまが手助けをしてくれるなんてことを言ってたので、ちょっとは期待してたけど。

 いや、待てよ。手助けしてもらったからこそ、最低限の言語系スキルがセーフでもらえたとか? だとすると落ち込んでばかりいられない……。


「あれ?」


 そういえば、カードの色が変わらない。手に取る前と同じ灰色のままだ。

 首を傾げて、もう一回名前を唱えてみる。変化なし。

 ぶんぶん振ったり、表面を擦ったりする。変化なし。


 俺は軽く落ち込みつつ、前方で待機しているレツさんに声をかけた。


「あの、すみません。これ色が変わらないんですが、不良品だったりとか……?」

「ン? いや、リブカードに不良は有り得ない。んだが、灰色のまま……か」


 レツさんは首を捻りながら俺のカードを覗き込む。しばしの沈黙。

 それから彼は、良い声でボソリと呟いた。


「もしかすると……お前の属性が灰色ってことかもな」

「……ちなみに灰色属性って、どういう魔法が得意なんですか?」

「いや、知らん。そもそもそんな属性聞いたことないし」


 ええっ……適当すぎる!


 そのとき、背後で大きなざわめきが起こって、俺は驚いて飛び上がった。

 しかし、注目されていたのは俺ではない。ユキノだ。彼女の小さな手には、黄金色に光り輝く一枚のカードが握られている。


 ――――――――――――――――


 鳴海 雪姫乃 “ナルミ ユキノ”


 ベーススキル:"言語理解"、"言語抽出"

 リミテッドスキル:――――

 習得魔法:《小回復エイド》、《中回復ヒール》、《大回復キュア》、《半蘇生リヴァイバル》……


 ――――――――――――――――


 リミテッドスキル、のところはユキノの指で隠れていたのでよく見えない。それに魔法の数も多すぎてとても目で追いきれなかった。

 ただ、前述の俺のに比べれば、圧倒的にユキノのステータスが優れているのはよく分かる。見れば王様もユキノを見つつ、ちょび髭に耳打ちされてウンウン頷いたりしているし。


「マエノくん、さすがだね」

「すごーい」

「いやいや、ハハハ。いやいや、ハハハ」


 いつの間に男子の列も進んでいて、そちらではマエノが女子から持て囃されているようだ。

 ものすごくリズミカルに謙遜しているマエノがこれ見よがしに掲げた赤いカードを、俺もちらっと覗かせてもらった。どうやらこっちも魔法やスキルを習得しているようだ。羨ましい。


 なんて思っていたら、マエノはユキノに向かって歩み寄っていた。


「ナルミさん、さすがだね。オレたち、相性が良いみたいだ」


 相性?


 俺が首を傾げたと同時、ユキノもこてんと小首を傾げている。気の抜けた反応に、マエノは慌てた様子で言葉を重ねた。


「ほら、見てよ。赤色のカードだから俺は炎の魔法が使えるみたいなんだ。きっと剣士の才能とかもあると思う。何せ炎の魔法も使えるしね。ナルミさんにオレの回復役をやってもらって、パーティを組んだりしたらさ……かなりバランス良いと思わない?」

「マエノさんはお詳しいんですね」


 ユキノは淡々とそう返事をした。「そうかな」とマエノは頬を掻いて照れくさそうだ。

 いや、今のは褒め言葉的な意味合いは薄かったような……あと炎の魔法って二回言ってるし。


「ハヤト~、そんな女と話してないで私のカード見てよ。結構優秀じゃない?」


 ひやひやしていると、ハヤトの腕に胸ごとくっつけるような大胆さで女の子が飛びついている。クラスでも「女王」と呼ばれている穂上明日香ホガミアスカだった。


 垢抜けた茶髪に、毎日違う色のカラコン(今日は水色)、制服は指定のリボンを解いて胸元を広げているし、スカート丈も異様に短い。それに化粧っ気もかなり濃い。

 校則違反のオンパレードみたいな子だが、教師さえ彼女に文句は言えない。教育実習生をいじめて鬱病に追い込んだこともあるからだ。


 ホガミにくっつかれたマエノは苦笑しつつ、「はいはい」と軽く応じている。

 しかしホガミはといえば、ユキノ……を通り越して、何故か俺に敵愾心むき出しのきつい目線を送ってきていた。何でだ。


「行きましょう、兄さん」

「う、うん」


 どうやらユキノはあまりこういう催しには興味がないようで、マエノたちにはさっさと背を向けてしまった。

 レツさんは他の女子に話しかけられているようだ。俺は灰色のカードを溜息を吐きつつ胸ポケットにしまった。


 先ほど座っていた柱近くまでやってきて、俺たちは並んで座る。

 そうしてすぐにだった。ユキノがもじもじそわそわし始めた。どうしたんだろう。


「それで、兄さん。ご迷惑でなければユキノに是非カードをお見せいただけませんか?」

「え? 別にいいけど……こういうのあんまり興味ないのかと思ってたよ」

「? 兄さんのには、興味があります」


 ユキノは当然のように言い切った。水晶玉のようにきらきらと輝く瞳に、果たして俺の姿はどんな風に映っているのか。


「……だめ、ですか?」


 迷っていると、ユキノはしゅんと項垂れてしまった。

 俺は慌ててポケットに入れたばかりのカードをユキノに渡した。


「勿論構わないよ。その、大分つまらないと思うけど……」


 ユキノは沈黙して俺のカードを見つめている。たぶんユキノのことだから、俺を気遣って何か褒めるところがないか懸命に探しているのだろう。面目なさ過ぎる。


「ユキノはすごいね。俺なんてカードの色さえ変わらないしで、ちょっと恥ずかしいよ」

「そんなことありませんよ、兄さん」

「え?」


 ユキノは俺のカードを大切そうに両手に持ちながら、柔らかく微笑んだ。


「私が見た限り、カードの色は灰色から全員が別の色……赤や水色、緑色に変化していたようです。でも私たちと違って、きっと兄さんはこれから何にだってなれます。何だって目指せるのです。だからまだ、カードの色は変わらなかっただけではないでしょうか」


 言われてみれば、そういう見方もできる。

 すごく楽観的な考え方だけど、でも――確かにその言葉は、俺にとって温かく響いた。


「ユキノってさ……」

「はい?」

「良いお嫁さんになりそうだよね」


 本気でそう思ったので、俺は噛み締めるように言った。

 するとユキノは一瞬きょとんとしてから、赤い顔でぺこりと頭を下げた。


「は、はい。ふつつか者ですがよろしくお願い致します」


 あれ?



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