2.目覚めるとそこが異世界
「う……」
次の覚醒は、安らぎとは程遠い。
目を開けて、まず最初に感じたのは、ズキズキと鈍い頭部の痛み。
それから寝心地の悪さ。どうやら固い床に仰向けで転がされているらしい。
拘束などはされていなかったので、右手を拳の形にして白い床を叩いてみると、当たり前みたいに「コツン」と音が返ってくる。
つまり、少なくともここは先ほどまでの空間とは違う。別の場所だ。
「なら、ここが……」
「兄さん!」
「わっ!」
上半身を起こした直後、何かが飛びついてきた。
鼻先に飛び込んできた甘い香りを知っている。
それに俺のことをそう呼ぶ人間は、この世にたった一人しかいない。
「ああ、良かった。なかなかお目覚めにならなくて、心配で……」
「ユキノ……」
彼女の名前は
ユキノは父の再婚相手の連れ子だ。俺と出会ったのは二年前――中学入学の折になる。
同い年で、何と偶然ながら誕生日もまったく同じだったので、周囲には似てない双子ということで通っている。
小学校卒業と同時に俺と父はT県からS県に引っ越してユキノたちと同居しているので、一応バレてはいないようだ。
実際は俺とユキノは双子でも何でもなく、まして兄妹でもないのだが、彼女はすすんで俺のことを「兄さん」と呼んでいる。だから俺も彼女のことを妹と認識し、接することにしていた。
実際、特に敬意を払う理由もない俺みたいな人間に対し、ユキノはびっくりするくらい丁寧に接し、慕ってくれるので、俺としても非常に救われている。そんなユキノを可愛く、大切な存在とも思っていた。
……が、さすがに、抱きつかれたのは初めてだと思う。
いつもは淑女然としているユキノも、気が動転していたのだろうか。
俺はどうしたものか戸惑う。まずは指通りの良さそうな長い黒髪を優しく撫でてやるべきか。それとも強く抱きしめ返すのが正解なのか、この場合は?
しかし妹とはいえ、ユキノみたいな美少女を相手にそんな伊達男みたいな真似を一介の男子中学生ができるわけもない。いくらなんでも無理。
俺は「降参」のポーズっぽく両手を天に向かって挙げながら、恐る恐ると口にした。
「あの、ユキノ。心配してくれるのは嬉しいんだけど、その、そろそろ離してもらえると……」
「え。………………あっ」
ぱっ、と柔らかい感触と温度が離れる。
それを名残惜しく思うより先に、ユキノが真っ赤な顔で言った。
「た、大変失礼しました。兄さんに嫌な思いをさせてしまって」
「嫌な思いなんて、そんなことはないよ。大丈夫」
ユキノは俺の言葉に、安堵したように息を吐く。それから胸の前でぎゅうと両手を組むと、「でも、良かった」と再度繰り返した。
そんな彼女の様子に、俺は思わず涙ぐみそうになる。青い水晶のような双眸が涙を溜めて潤んでいるのに気がついたからだ。
「ユキノ、おまえこそ生きてたんだな。良かった……」
「それは、……兄さんが命がけで庇ってくれたから」
ユキノは申し訳なさそうに眉を寄せ、少し言い淀んだ。
もしかしたら、彼女も自分が一度バスの炎上事故で死んだのを知っているのだろうか。
俺はそう訊こうかと思ったが、その前に質問が飛んできた。
「どこも痛くはありませんか、兄さん。何でもユキノに仰ってくださいね、すぐに手当てをしますから」
頭部が痛むには痛むが、わざわざ口に出すほど大した痛みでもない。
俺が横に首を振ると、ユキノは「そうですか」と、ホッとしたような残念そうな不思議な顔をした。そんなに手当てがしたかったんだろうか。
「それで、ちょっと状況を確認したいんだけど」
俺がそう伝えると、ユキノはすぐ頷きを返してくれた。
「はい。まず、私たち……三年二組の生徒全員がこの場に揃っています」
ユキノが背後を振り返ったので、俺もそちらに目を向けてみる。
部屋を見渡したとき、聖堂、という単語が一番初めに頭の中に浮かんだ。
広さは学校の体育館の半分くらい。白を基調とした室内は、ミサを行う教会のようなイメージだ。
ただそれにしては殺風景だった。光源も規則的に並べられた燭台の火くらいなので、とにかく暗い。窓がないので、今が何時なのかも判断がつかない。
目を凝らしてみると、天井は吹き抜けになっていて、円形の模様がビッシリと描かれている。象形文字に似たような形式の言語が細かく彫られているが、どちらにせよ俺には読めそうもない。
そして聖堂内には、ユキノの言う通り、見知ったクラスメイトの姿があった。俺たち含め、全員だと三十人居る計算だ。
京都での観光は古城や寺院ばかりを予定していた
生徒の中には、暗い顔もあれば、イン〇タ映えがどうとか陽気に話している女生徒もいる。何やら真剣に話し込んでいるグループもあった。
ほとんどはその場に所在なくしゃがみ込んでいたが、中には探検気分で聖堂内を歩き回っている生徒も居る。
その多くが、前方にある閉じられた巨大な扉のことを気にしているのも見て取れる。一見した限り、出入り口らしいのがその重厚な白い扉だけなので、注目が集まるのも当然だ。
俺もそれが一番気になった。ただ、人力だけでは開けられなさそうだ。専用の道具がないと難しい。
そしてそんな光景を一度に見渡せる俺たちはと言えば、広間内の四方にあるうち、左後ろの柱の前に陣取るような形で座っている。たぶんユキノが寝ていた俺をここまで引っ張ってきてくれたのだろう。
目覚めたのは俺が最後だったらしく、決して友好的とは言えない目線がいくつか集まっている。
俺はその目線から意識を逸らそうと、ユキノの顔を見て再び問うた。
「生徒全員ってことは……担任の今井先生と、バスの運転手は?」
「ここにはいません。どこか別の場所に居るのか、あるいは……」
ユキノはその続きを口にしなかった。
というのも、彼女が言いかけた途中で大きな変化があったからだ。
ザワ……と広間にざわめきが走る。
壮麗な扉が、ギ、ギ、と軋んだ音を立てながらこちら側に向かって開き始めたのだ。
扉のすぐ近くまで寄っていた生徒が慌てて小走りで下がってくる。俺もユキノと共に息を呑んでその光景を見守った。
誰かが来る。少なくとも、俺たちよりずっとこの状況を理解しているであろう何者かが。
瞬きもせず、俺はその人物の登場を待ちわびた。
「あれ国王じゃね」
と冗談混じりで呟いたのは、誰だったのだろう。
背後に十人ほどの家臣、それに数人の騎士を伴って現れたのは、白い髭を生やした男性だった。額にはご丁寧に黄金の冠が嵌められている。
三十人もの人間の注目を一身に浴びながら、一切ひるんだ様子はなかった。
金色を基調とした裾の長いマントをはためかせ、その人物が歩き出した。見た目の印象ほど歳は取っていないらしい。堂の入った歩き方でまったく淀みがないのだ。
その男性は部屋の半ばまで進むと、そこで立ち止まった。
国王の威厳というより、国家の重鎮が揃っていますと言わんばかりの一団にすっかり気圧された生徒たちは揃って後ろに下がり、全員がその男性たちを見上げるような形になっている。
そして平民たちの好奇に満ちた視線を浴びた男性は、室内を見渡すと軽く頷き、よく通る声でこう言った。
「【キ・ルメラ】にようこそ、若き勇者候補たちよ。我々は、あなた方の来訪を心からお待ちしていた」
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