第9話 醒めて
現実に戻ってきたんだなと認識したのは、頬を抓ったからだった。渾身の捻り具合だったのでヒリヒリしていますとも。
夢から八畳間の世界の帰還に果たしてからというもの、夕方になってしまっていた。昼から夕方まで眠っていたとは、プチ浦島太郎状態。時間の浪費と罵られても仕方ない。
ああ、頭が重い。寝すぎてしまった。
ベットの上で長い時間眠りこけていたせいだろうか。時計は5時過ぎを指し、空も夕焼け色に染まっていた。
長い夢だったみたいだ。夢の中身は大方忘れてしまう。どんな夢だったのかあまり思い出せない。思い出せることといえば、シオンや鈴の音、虎の鳴き声。それと学校にいたじゃがいも軍団や蛇、そのくらいのもの
カットされた映像だけが脳裏に焼き付いていた。
夢とは断片的な知識、記憶、願望が反映されるという。
自分の頭の中を整理すると言われているのは聞いたことがあった。
若干ながら残っている記憶を探り、本棚へと向かう。私はある本を手に取り、調べ始める。
『シオン』
調べたい項目を見つけた。目次に従って、ページをめくる。
私が開いたのは植物図鑑、一時ガーデニングを始めようと思ったが三日坊主になってしまった代物。
シオンは比較的育てやすい植物。生育環境によって花の色合いが異なり、和名だと紫苑という。キク科の多年草。開花時期は9月か10月の夏を過ぎたぐらい。
と、色々と記述されているが私が知りたいのは一点のみだった。
日本での花言葉、『追想』、『君を忘れない』、『遠方にある人を思う』
私が飛びまわっていた夢の世界、全てに存在していたということは、根本的な意味合いだったと考えられる。
あの鈴の音色も、虎の咆哮も同様に。
憶測にしかならない仮定。
この仮定は私の心の奥底に留めておくことにしよう。
図鑑を戸棚に返す。もう一つ確かめたいことがあり、一冊の本を読む。
タイトルは『日本時計の歴史』
江戸時代、不定時法と呼ばれる考え方があった。一日を昼と夜に六等分していたそうだ。
ここで大事なのは不定時法の考え方ではなく、呼び方にある。
当時、時計の呼び方は干支に例えられていて、十二分割されていた。
勿論、私は江戸時代の人間ではないので、定時法つまりは現代日本の考え方に従って推理していくとある着想が得られる。
じゃあもし、あの時の学校の反転現象が干支に例えられている全部に影響があったとしたら?
鈴にあった虎の絵が犬に変わったのも頷ける。
では、あの蛇は一体なぜ蛇に成ったのか?
答えはCMの後で~、などとクイズ番組の引きでこの問題を片付けておくことにしよう。
「ふう……」
一息つく。
何を考えているんだ、私は。
所詮は夢。夢は夢、現実は現実。マジになって調べることじゃない。自分が思っていたよりも感情的になっている。
今日の夕飯のことでも考えて気を紛らわせようとした時だった。私の目を引いた産物があった。
紙ひこうき。それもボロボロの。この日までに紙ひこうきを作った経験は私にはない。だったらこれは、
「夢……じゃない?」
それともまだここは夢の続きなのか?
訳がわからなくなった。紙ひこうきは夢で見たとおり、まるで夢から持ってきたかのような再現度。
それ以外で何か大事なことを忘れている気がする……。
私は衝動的に紙ひこうきを解体する。引き裂く真似はせずに折った逆の手順をふんで、破けないようにしていく。丁寧に折りたたまれた紙ひこうきは、しわしわになった紙になり、私は声が詰まってしまった。
「そうか……」
私は呟き、
「そうだったんだ……」
やがて、納得する。
紙を見て、納得した自分がいたことに驚いた。
紙ひこうきだったそれは宛名のなく宛先のない手紙だった。羅列されている文章を読んで、新しい紙を用意することにした。
返信用の手紙を書くことにしたのだ。
「よし!」
自己満足も甚だしい手紙を書くことにした私は、どんな内容にしようかしばし悩む。掴みは肝心、印象的のあるものにしよう。
『あなたがこれを読んでいる時、私は既に――』
これでは私が亡きものになっている感じに。死にたくはないので、没で。
次はインパクトな口調で気を引く作戦はどうだろう?
『ごきげんよう。わたしくは今日も良い天気ですわね~。おーっほっほっほ!』
お、おう。濃ゆい。キャラ、濃ゆい。
わたくし、ロール状のドリル髪型にした覚えはなくってよ。
紙を丸めてダストシュート。
四苦八苦して、ようやく絞り出た冒頭。中身も中々に苦労する。
『あなた、どう? わたし、だいじょうぶ』
ファンタジー作品でいうところの大柄だけどボキャ貧キャラになってしまったり、
『ああああ、もうやだ!!! 誰か養ってくれる人、いないかなー? 将来の夢はニートで一生生きていくことです! 外に出たら負けだと思ってるから!』
心配させるような本音を炸裂させてしまったりと色々大変だった。
書いている時は大変だったのに、完成させてしまったらなぜか寂しくて。
もっと伝えられたんじゃないかって思ったりした。
かれこれ完成させた手紙を折っていく。どうかあなたまで届きますようにと心を込めて、折り目をつける。
出来上がった紙ひこうきは、綺麗な一品に仕上がった。それを手に、ベランダへと進む。
「すー、はーー」
呼吸を整えて、紙ひこうきを投げる準備をする。
力を抜いて、肩を楽にした。百メートル以上飛ばそうっていうわけじゃない。私が宛てた人に届けばいいだけだった。
久しぶりに浴びた太陽は暮れている。風はそこまで吹いてはいなかった。
目の前に広がっていたのは、私が切り離した世界。未だに越えられない壁であり、禁域の世界。
ここを私が歩ける日が来るのだとしたら、いつになるのだろう。
明日? 明後日?
まさかずっとの先の未来?
分からない。
でも、私が何をすべきか分かっていた。
紙ひこうきがより遠くに飛べるように空へと放つ。
紙ひこうきが飛んでいく。
ぐんぐんと飛距離を伸ばして、夕焼け雲へと向かっていった。
最初は手を伸ばせば届いた距離でも、徐々に小粒となって空に消えていく。私の視力では見えなくなる。
しかし、私は辺りが暗くなるまで空を眺めていた。
――今日も私は独りぼっちの世界で元気です。
と私は想いながら。
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