第6話 中途半端に反転する世 下
「ちょっと!? 降ろせ! 降ろせってば!」
「まあまあ」
蛇が喚いていたが、私は聞かない。廊下は実に静かだった。私の足音と蛇の声がなければ、静寂といえるほど。
「こ、このぉ」
噛みつかれた。暴力には屈しない。
「何をそんなにカリカリしてるの」
「あんたがいきなり私を拉致したからだ!」
「しょうがないな」
私は降ろしてあげる。教室からは大分遠ざかってしまった。あんな事があっては、戻りたくても戻る気にはならないようで大人しかった。廊下の奥に行きついたところで階段があったので二段ほど上がって腰をかける。蛇も私に倣う。
「なんで、こんな……」
蛇は消え入りそうな声で呟く。私に問いかけているのではなく、自身の状況に嘆いているように聞こえた。
「良かったんじゃない。とりあえず、うざったい者たちからは逃げれたでしょ?」
「私は頼んでない!」
「そう。私が勝手にやったこと。憎いのなら結構。さっきの逆恨みができて私は清々したわ」
自分が出来得る最高に良い笑みを蛇に見せると、鼻で笑われた。
「あんた、嘘下手くそね。演劇向いてないと思う」
う……。
「教室から入ってきた時のあんたの棒読み、ほんと笑える。イキり表現も大概にしないと友達なんてできないよ? あ、ごめんなさい。友達がいなかったから、そんなに上ずった声だったんだね。ウケる」
ピキ。ピキピキピキ。私の怒りのエンゲージが高まっていく。
蚊が止まってると言ってビンタしようか悩む。
「あんたって、ストーカーなの? 公園の時も私に構っていたし」
「へ? 公園? それはいつのこと」
ストーカーなんて趣味はないし、ましてや蛇と公園に出くわした覚えなどない。私の記憶からはっきりと疑問を口にする。
「何よ、ボケが始まった? 少年三人といざこざが会ったことわすれた?」
「少年三人……」
なんだったろう。思い出せそうで出てこない。喉元まで出掛かっているんだけど、いまひとつ鮮明に見いだせない。
私が若年性の健忘症に至ったのか、そう錯覚するぐらいに映像がぼやける。額に皺が寄った。
考えを巡らせる。少年三人の他に誰か、そう女の子がいたはずで。無意識ながらもその子のことが気になって。
この蛇の口ぶりからすると、まるでその子のようで。
「ほんとに平気?」
蛇が私に訊ねる。
蛇?
いや、違う。彼女は蛇ではない。だったら、そう――
『――、――る』
「あ……」
合点がいった。そうか、そういうことだったのか。
なぜこの子が蛇だったのか、私は理解することができたのだった。
「あんた……ほんとに平気?」
「ごめん。ちょっと考え事してた」
「なんなのもう」
自分の考えを伝えることはしない。あくまで心の中で留める。これはこの夢においてはどうでもいいことで、知ったところで私に何もできやしない。
でも人生の先輩として、教訓を彼女に教えることにした。
「逃げてもいい。だけど逃げなくても後悔はするよ」
「は?」
気がふれたのか、とでも付け加えてきそうな返しがきた。
「先輩からのアドバイス」
「私が逃げたいって思ってるってこと? あんたに何が分かるっていうの?」
「何も知らない。でも、分かる」
「なにがよ!」
声を荒らげる彼女。琴線に触れてしまい、怒りが混じっていた。感情の起伏は子どもそのものだと微笑ましくなってくる。
「あと、辛いなら辛いって言葉にしたら良いと思う。きっとマシにはなるから」
「なにを――!?」
そこから声が遮断された。
シオンの花が目の前に現れ、突如暗転する。
鈴の音が鳴り響き、虎の雄たけびが聞こえる。
また別の何処かに飛ばされるんだなと直感的に分かった。
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