第5話 中途半端に反転する世 中
ボコボコにされてわかったことがある。痛みはないので、じゃがいもに埋め尽くされている間に考えたことだが。
どうやらここは中途半端におかしいらしい。おかしさのズレはまちまちで時計なら数字の位置が反転するだけ。人間だったらじゃがいもに変わって無生物になるだけ。リンチに遭っていた蛇も人間らしいのだが、法則性は不明のまま。例外とみたほうがいい。
よって仮説の一つとして、ここは何か一部が反転されている世界という説を私は提唱したい。
「だっさ」
「ミイラとりがミイラになるのを体現してしまう日が来るとは……」
「ばっかみたい」
「私もそう思う」
じゃがいも共は気が済んだのか解散し、この場には私と蛇のみ。
今更、蛇と日本語を交わす程度のことなど些細な問題に過ぎなかった。
「なんで助けたの?」
「助けてはないし、助けられていないけどね。お互いボロボロだし」
「……あんたにはメリットがない。ほっとけば良かったじゃん」
それは私の勇敢なる正義の灯が晴れわたる太陽の祝福を受けて烈火の如く燃え上がったのである――は流石に厨二病溢れる発言だったので口を紡ぐ。
「いつか、見たことある光景だったから」
私は正直に答える。蛇は何も言わなかった。
「味方が誰もいなくて、でも自分もそこまで強くなくて。数という暴力に押し付けられて、このまま数に塗りつぶされて消えちゃいそうだな―って世界ごとなくなっちゃいそうだなーって思っちゃったんですよ、私は」
「……」
「だから、かも」
「意味がわからない」
ですよねー。
「あるいは」
「なに?」
「自分ならそうして欲しかった、からかも」
「くだらな。偽善者かよ」
はて。同じようなことを言われた気がする。
誰にだっけ?
「それで? あんたこんなところで何してるのよ、ここ小学校よ? もしかしなくても不法侵入してきた不審者?」
蛇に痛いところを突かれてしまった。
あれー。そこら辺のご都合は夢だから触れられない要件だと思っていたけど、これって通報されるパターン?
「私をどうなさるおつもりで?」
「答えによって決める」
「ワタシ、フシンシャデハナイデスヨー」
「ま、いいけどさ」
蛇はそのまま私を見逃して、学校へと身体をくねらせて前進した。
「どこ行くの?」
「そろそろ授業が始まるから」
チャイムが校庭まで聞こえた。あのじゃがいも共や蛇がどうやって授業を受けるんだよ、ってか、知能指数的に何もできないんじゃね?という野暮なツッコミはしない。
余談だが、サボテンのIQは2だそうだ。
私は蛇の後についていくことにした。ピット器官で私が背後にいることを把握しているであろう蛇も特に気にしていないご様子。
現時点でできることといったらそれくらいだ。早くこんな頭のおかしい世界から抜け出したい。
校庭から下駄箱、教室へと小学校内に潜入。
じゃがいも小僧やじゃがいも小娘が楽しく談義。小癪だなー、野菜のくせして。
「ねえ、みて……」
「なんで……」
「やだ……」
じゃがいも共が私をちらちら見てきたが、その視線が私のものではないと分かったのはすぐの事だった。
「授業を始める」
私の存在になんの疑問もなく、教室で授業が開始される。
空席はない。私は廊下から眺める方向で見守る。注意もされないもんだから、視界の邪魔にならない位置で見学をする。
教室の構成はじゃがいも教師が一個、じゃがいも児童二十四個、児童の中心に蛇が一匹。大収穫祭の幕開けだった。食われる側に囲まれてる蛇ってこれ如何に。
そこから始まったのは至って普通の授業。語るべきことなく、分かったことは一つだけ。
蛇は皆から嫌われているということ。
「……」
黙って授業を受けている蛇。しかし、その机には誹謗中傷を目的とした語句が幾つも見受けられた。
死ね。消えろ。いなくなれ。キモい。低知能だから、語彙は知れている。
あまつさえ、蛇にゴミを頭にぶつけるやつもいた。これが平然と行われている始末。教師も注意はなく、暗黙で了承しているように取れる。
「よくある話」
そう私は結論付ける。
風貌が自分たちと違うから、不愛想だから、背中が痒いから、理由はなんでもよくって、引っかかりさえ掴んでしまえばその行動に大した意味を持たない。
自分より劣等のものがいれば、安心する。敵対するもの同士と団結をすれば、結束が強まる。関わりを持ったら、自分もされるのではないかと周囲も離れていく。弱肉強食の摂理。一言で表現するなら、無邪気という皮を被った怪物みたいなもの。邪気が無いのではなく、自覚の無い邪気。
「死-ね! 死ーね! 死ーね!」
授業そっちの気で死ね死ねコール。標的は勿論、蛇。学校に来る本分は勉強なのに、なんてこと。
蛇は言い返しはしない。諦めているんだと思う。この場を凌ぐには世界が狭すぎる。
「ごめんくださーい」
私は教室の引き戸を勢いよく開けてご挨拶。
行動理由としましては、蛇に対しての哀れみや同情とかでは一切ない。万が一にも人間以外に、それも付き合いのない者どもに感情移入する気にはなれないというのが私の本音。
単純にじゃがいもが偉そうなのがうざかっただけ。それでいいじゃない。
そういう器の小さい人間なんですよ、私は。
一歩一歩足を踏みしめて蛇のところに向かう。途中でじゃがいも共が太腿を蹴ろうが、消しゴムを投げられようが気にしなかった。
「こんにちは、気分はどう?」
私は蛇に訊ねる。
「良いように見えたなら目の検査してくれば?」
「良い返事だね。よいっしょと」
「ちょっと、あんた!?」
これがキングコブラやアミメニシキヘビとかだったら、運ぶのに苦労するけれどただの子蛇なので尻尾を掴めばお手の物。そのまま肩に背負って、皆さんに一礼、
「あ、どうぞどうぞ。ごゆっくりー。授業頑張って下さいねー」
と心にもないセリフを述べた。教室から逃げるように退散。
所詮、夢だ。取り返しがきく。現実ではこんな大胆不敵な行動を起こせないが、夢である勇気が私をそうさせたのであった。
正直な話、追う者が誰もいなくて助かった。
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