第4話 中途半端に反転する世 上

 背中に固い感触。整備されている歩道に私の身体が無造作に放置プレイ。

 気がつくと仰向けになっていた。ゆっくりと瞼を開ける。バランス感覚を失い、行き場をなくした私の所在は公園とは全く別物の風景に早変わりしていた。

 身体を起こして周囲を見る。最初に目に入って来たのは学校だった。やや小規模でこじんまりとしている。小学校のようだった。

 夢ではよくある現象。

 断片的に場面が入れ替わる。夢は連続的に進むことは稀であり、こうしてまた別の物語が展開されていく。


「そういえば……」


 私の脳裏に鈴の音が蘇る。間違いなく、私が持っていた鈴から鳴っていた音でどういうわけか虎の鳴き声も聞こえて、今この有様。

 うん、わかりません。夢なんだから理屈が通じないのは自然かと勝手に納得しておく。


「あれ? 鈴が違う」


 鈴が変わっていた。鈴の形や音そのものは変わっておらず、デザインが虎から犬になっていた。他に入りそうなポケットを確認しても、この鈴しか見当たらなかった。

 謎はいくら考えても謎のままなので放置。じゃあ、次やるとしたらここから移動することだけれど。

 いかにも小学校に入れと指示されるこの感じになんとなく抗いたくなる私。

 離れるように移動すると、すぐに変化がわかった。ちりんと鈴の音ともに最初の地点に戻された。無限ループ仕様らしい。

 趣向を変えて今度は走って離れてみる。案の定鈴の音が鳴り戻され、また今度こそと歌って踊りながらと考え得る限りの方法を試してみた。

 結果は変わらず。

 ……だめだこりゃ。大人しく学校内に入るとしますか。


「なんか……時計が……」


 違和感に気づき、つい足を止める。学校に設置されている時計がなんだかおかしかった。12時から右回りで、1、2、3時と続くはずが12時、11、10、9時と反転していた。全部が全部反転しているわけじゃなく、針は右回り。

 さらに細かくいうと数字が逆になっていることもない。

 鈴の柄が虎から犬になったことと関係があるのかなと考えを巡らしていると――


「おい! とっととこっちに来い!」


 私の思考は途切れる。打って変わって、誰かの声が聞こえた。感情を昂らせた怒りと似た声に嫌な予感がする。

 私は走り出していた。早く行かないと、と何かが私を駆り立てて、導かれるようにある一点へと向かう。

 校庭の隅。そこで私はとんでもない光景を目にしたのだった。


「うわーお……」


 思わず顔を引きつらせてドン引きしてしまった。

 誰でもこれを見たら同じ反応になると信じたい。

 突然だが、演劇をやったことがあるだろうか。

 昔ながら、観客はじゃがいもやかぼちゃだと思えという有難い教えがある。

 是非、そのような教えを唱える方々に見ていただきたいのがこの状況でございまする。人の手足の生えたじゃがいも軍団が群れを成していたとです。

 これなら人間のほうがはるかにマシなんじゃないかと大声を張って言える。気持ち悪すぎて演劇に集中できないのではなかろうか。

 じゃがいも軍団に取り囲まれていたのは蛇だった。ひどくふらふらしている様子で虫の息。

 なんだー、このシュール図はー。


「あのー、皆さんは何をしているんですか?」

「あ? なんだ新入りか?」


 勇気を振り絞って話しかけると何個かのじゃがいもが寄ってきた。意志を持っている、それに目も口もないのにどういう原理か。

 品種改良されて、はいぱーてくのろじーじゃがいもになった経緯を教えて頂きたい。


「ヒヒッ。お姉さん、だれよ? どこ小?」


 肩を組まされてしまった。

 チンピラみたいな絡まれ方されてるんですけど。


「おれらはここら一帯を占めてるおいも小学校のポテト軍団だ!」


 詰まるところ全て芋では?

 というか小学生だったんだね、君ら。


「お姉さんもやっとくー? 気持ちいいお注射」

「おれ、もらいー!」

「あ、おい!」

「うっ! ヒ、ヒヒヒッ! きたきたきたきたー! こっれ、マッジ良いわー」


 もう嫌だこの小学校。風紀どないなっとんねん。


「あまりはまだあるからお姉さんどう? 元気出るよ?」

「そ、その注射は一体なに?」

「あん? 決まってんだろ? にんにく注射」


 最近のエレメンタリースクールではアンチエイジングが精通しているみたい。


「健康的だけど遠慮しとくね」


 丁重にお断り申し上げておく。断る勇気、大事。

 「それで」と私は話を戻し、「これは一体どうしたの?」とじゃがいもに問いかける。


「彼女にたのまれたのよ。あいつうぜーからって」


 あいつを指すように蛇の方へ人差し指を向けていた。できるならメルヘンチックに真ん丸の手だったら愛嬌有ったんだけどね。

 一個のじゃがいもに続いて他のじゃがいもが口を揃えて、


「そうそう。んで、適当に数作ってたらこんないっぱい来ておれらもビビったわ」

「まー、いろんなやつにきらわれているからな」

「仕方ない仕方ない」


 蛇をよく見ると多数に傷からがあり、何箇所か出血をしていた。

 私は咳払いをして、


「だったら、もうやめにしません? かなり痛みつけられているようだし、これ以上は問題になってしまうかも」


 穏便に解決を促す。

 だけど、逆に目をつけられる結果となり、じゃがいもが一斉に私を睨む。目ないんだけど。オーラというか雰囲気というか、不穏を感じさせる空気に包まれる。


「なんだぁ? てめーこいつを庇うのか?」

「いえ。庇うとかそういうことじゃなくて」

「どうしたどうした?」

「おお、聞いてくれよ。こいつがさ、俺らの行動にケチつけてくるんだよ。問題にするとかいって脅してくるんだよ」

「おいおい、マジかよ」


 ああ、こうやって誤解が更なる誤解として曲解していくんだなと伝言ゲームの厳しさを知ることになってしまった。

 わらわらと私の周りじゃがいも軍団が迫る。まさかすぎる伝言ゲームは疾風の如く伝わっていく。

 囲まれています。逃げたいけどじゃがいもに取り囲まれていて道を塞がれてしまっている。

 ここはもう闘うしかない。第一、野菜ごときにやられる人間様ではないのだ。破れかぶれになっていることも分かっており、ファイティングポーズを取る。

 ここは盛大に私の脅し文句で締めるとしよう。 


「こい! 全員フライドポテトにしてやんよ!」


 私の一声がゴングとなり、激闘が始まった。

 こうして、殴りかかりボコボコに――された。

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