第3話 その少女、問題児につき――下

 夢って疲れないんだなと新たな知識で得たどうでもいい事柄を記憶に刻みながら、少女を確保することに成功していた。逃げないように手を繋いでベンチに座っている。少女は怒りで頬を膨らませていた。私の顔を見たくないと真反対に首を向けている。

 少女の視線の先には少年たちが三人で野球をしていた。ラジコンの件は水に流してくれるらしい。両方とも謝って終わらせた。ちなみに少女は私が無理矢理頭を掴んでやらせた。この後、モンスターペアレンツが詰め寄ってくるのは是非ともご遠慮願いたい。


「ほんと、気に入らない」


 少年たちの姿を見て、舌打ちする少女。


「なにが気に入らないの?」

「楽しそうに遊んでいるのが。苦痛に顔を歪めて他人を陥れていればいいのに」


 この子に行わせるべきことはメンタルケアのようだ。


「仲間に入れてもらえばいいんじゃない? 私も一緒に行くから、ね?」

「うわ出たよ、偽善者。一緒にいることが幸せだと思っているカスが」


 なんかもうメタメタです。


「そんなつもりで言ったつもりはないんだけど……」


 私は人付き合いは苦手だ。そりゃあ、年齢は重ねているわけだから、コミュニケーションは成立させれる。厳密には成立できるだけで仲良くはなれない。

 現実で友達ができないのに、ネットで友達ができるはずもなく。

 そんな私だから、皆と仲良く遊ぼうイコール個人にとって幸せなこととは思えない。

 でも、あんまりにも恨めしそうに少女が言うもんだから、そういう言葉を言わざる得ない。


「あんたさ、なんでわたしにかまけてんの? ひまなの?」

「暇というか、なんというか」


 なんでなんだろう。

 ふと自分がしてきた行動を振り返り、らしくないなと感じてしまう。効率主義とまではいかないが、面倒ごとはスルーしたい性質。あろうことか、公園での声を聞きつけ少女にお世話まで焼いている。

 夢だから?

 理由になっていない。夢だから世話を焼くってなんだそれは。


「なんででしょ?」

「知らないよ、そんなの」


 そりゃそうだ。自分の気持ちがわかるのは自分でしかない。他者に分かりようがないのだ。

 うまく言えない。胸がざわざわするというか。


「例えば、燕の雛が巣から落ちてたら助けてあげたい……そんな感じかな?」

「はっ! 憐みか同情? 迷惑だっての」

「ちょっと違う。同情とかよりももっとこう……」


 後悔するっていうか。ほっといたら罪悪感が湧く的な。

 言語化できなかった。


「あんた、友達いるの?」


 と話を変える少女。ここは私も話のオチどころが見つからないので、便乗させてもらおう。


「いませんよ」

「ザコじゃん」


 友達いる人数がステータス概念の人ですか、そうですか。

 さぞかし、一年生はお強いことでしょう。友達百人目指しているんだから。


「そういうあなたはどうなの?」

「できないんだよね、不思議なことに」


 不思議で仕方がないのはあなたが友達が欲しがっていることではなく、なぜ自信満々にその難ありな性格で友達ができると思っているのかが私にとって最大のクエスチョンである、という皮肉は言わないでおく。

 言ったところでどうにもならないだろう。指摘されて直せるほど、人間はできていないと私は踏んでいた。

 将来の行く末に良き指導者と巡り合いますようにと信じて、こんな言葉を心の内に秘めらせて頂こう。

 おまえもザコじゃねえか、クソガキ風情がッ。


「はあ。いないかなー友達」

「そんなに欲しいなら、やっぱりあの少年たちの輪に入ったらどう?」

「論外」

「どうして?」

「私は都合のいい友達が欲しいの」


 えーと?


「私が死んでと命令したら死んで、殺せと命令したら殺してくれる友達が欲しいのよ!」


 後世に語り継がれる非道な弾圧国家を創設なさるおつもりかな。


「私が思い通りにならないやつは友達じゃない。私だけの選りすぐりの友達を求めているのよ」


 ああ。欲望丸出し。欲望出し過ぎて、むしろ痴態。

 欲望露出狂がここにいらっしゃる。

 仮に創設できたとして、プレジデントに待っている結末は身内の暗殺や毒殺がテンプレートといった具合だろう。


「ふふふ……。そして、私をバカにしているあいつらを……ふふふ」


 少女は恍惚と口元を歪ませていた。

 うん。この子、黒い。闇を感じる。


「ま。そんなやつはいないってわかってはいるけど」

「冗談だけにしてね。ほんと」

「ああーわかったわかった。うるさいな、もう」


 少女が背中を反らさせて身体を伸ばしていた。公園のベンチで座っているだけとはいえ、木々の下でしかも良い天気なのも相まって寝てしまいそうな快適な場所だった。

 一羽の鳥が目に映る。カッコウだ。


「ねえ、あんた名前は?」


 少女がなにか言っている。私はカッコウに目を奪われていた。

 目を離せなくなる。


「ねえ、〇〇た名前〇?」


 え、なんて?


「私の名前は――、――る」


 る?

 パクパクと口を開ける少女。名前は二文字だということはわかるが、それ以上は聞き取れなくなっていた。

 私が少女を見ようとした時には、目の前が真っ暗になっていた。

 突然の視界が暗闇に満ちて、自分がどこに立っているかわからなくなっていく。どっちが上でどっちが下か感覚が混濁し、無重力の闇に放り込まれた状態だった。声を出そうにも今発しられているのか自覚がない。

 ちりんちりん。

 鈴が鳴り響き、視界は黒から白に広がっていく。

 条件が揃ったかのように、けたたましい虎の咆哮とともに私は白い光に包まれていった。

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