第2話 その少女、問題児につき――上

 気がつくと、そこは異世界だった。エヴェレットの多世界解釈を念頭に考えた方が良いか決めかねる。

 外の世界そっくりの景色が広がっている。見覚えのない住宅街の路地に私は立っていた。天気は見事な晴れ模様、先ほどの朝を彷彿させる。外出日和だというのに、私以外人がいなかった。

 なんということでしょう。さっきまでお布団というユートピアを満喫していた私を突き落とすとばかりの澄み切った晴天。コンクリートの平地に放置された私という高校生はどうなってしまうのか――と漫画的に続くような見出しをささっと思うだけにして、量子学的に述べさせてもらったほうが良いのだろうか。

 まあ、夢でしょこれ。

 普通に考えて。

 量子学的に考える必要全くなし。

 夢と決めつけられる方法を試してみる。


「……」


 自分の頬を引っ張ってみた。掴んでいる感触はあるが、痛くない。こうなれば、夢だと自覚している明晰夢、ということが一番濃厚だといえる。

 歩いてみると、地に足がつく感触もある。

 と、同時に小刻みの良い音が鳴る。ちりんと透き通った音だった。


「手になにか……?」


 握られていたのは鈴だった。振るたびにちりんちりんと鳴っていた。虎の顔が描かれている。リアルな虎ではなく、ファンシーで可愛らしい虎の絵だった。


「なんだろう、これ」


 知っている気がした。特にこの絵に見覚えがある。確か……。


「おい! ふざけんなよ!」

「なんとかいえよ!」

「てめえ、どういうつもりだよ!」


 怒りがこもった子どもの怒声が聞こえた。声が発せられている場所は近く、数十メートル先に公園が見える。あそこからだと思い、声がするほうへと走った。

 少女一人を取り囲むは少年三人。正義感はそこまであるか自信はないが、見捨てる訳にもいくまい。


「あの、どうしたの?」


 四人とも年齢は変わらない。小学生低学年ぐらいの幼さ。強面お兄さんたちだったら、知らぬ存ぜぬとやり過ごそうと思ったが話せる余地はありそうだったので声をかけてみた。

 子どもたちは不審そうに眉を潜ませる。誰だお前と言いたそう。私が彼らと同じ立場であったら、そうしていたので何も言うまい。


「なにやら、必死に怒っていたみたいだったから気になって。どうかしたの?」


 優しく物腰柔らかとまではいかずとも、子どもの目線にたって言えたと思う。そう信じたい。

 少年三人がこそこそと耳打ちで話し合う。内容は聞こえないが、やがて三人とも頷いて少女を指さした。


「こいつがおれらのおもちゃをこわしたんだ!」

「せっかく、三人で遊ぼうとしたのに!」

「しかもわざとだぜ! ふざけんなっての!」


 少女の足元にはラジコンらしき物があった。元々はヘリコプターのものであったのか、メインローターが粉々に。水平尾翼や垂直尾翼もへし折れていた。ボディも傷だらけで操作するリモコンもあらぬ方向にアンテナが曲がっている。

 いわゆる無機物の残骸と化していた。略して無残である。


「それは? 本当なの?」


 少女に訊ねる。少女はそっぽを向いてこちらを見ようともしない。反省の色がないことは窺えた。脅されている様子もなく、かといって怯えている様子もない。


「おれたちもさぁ……」


 リーダー格そうな少年が一歩前にきて、


「公園にラジコンを放置していたから、しょうがないんだ。わざとじゃなくて、なんらかの事故だったらわかったんだけど」


 と自らの非を受け入れてうえで少女を睨みつけた。


「わざとのくせに、しかもごめんも言わねえんだよこいつ!」


 なんとまあ。

 まだ少年たちの言い分だけだから、なんとも言えない。怒る理由としては納得はできる。後は少女の話を聞いたうえで総合的な解決を図れば良いんだけど、その前に。


「だからといって、女の子を取り囲むのはダメ!」


 と一言いうと。


「「「ご、ごめんなさい……」」」


 三人の少年たちが私に頭を下げて謝罪した。少女にも謝罪を言うのも忘れなかった。

 え、素直。すごく良い子。

 これなら解決をすぐに図れるかもと次に少女に声をかけた。


「あなたを疑っているつもりはないんだけど、今この子らが言ったことって本当?」


 質問する私に答えることなく、少女は俯いてしまう。唇を噛みしめて言いづらそうにしていた。沈黙は金、雄弁は銀と教えられているが、この状況は気まずさを生んだ。

 暗喩に実はあなたを疑っていますって思われてる?

 そんなつもりは毛頭ないのだが。子ども心、いや言い方って難しい。


「く……」


 く?


「くたばれ!! バーカバーカバーカ!」


 暴言だった。割とショック。

 その場から逃げるように少女は駆け出す。


「ちょっ、ちょっと待って!」


 少女は制止しなかった。その子を追うように公園内を走り回る。子どもだからこそ、小柄な身体で小さな隙間を通り抜けられた。速さで勝てても距離が縮まらない。


「ついてくんなよ! クソブス! 死ね!」


「だって! あなたが逃げるから!」


「どうせ私が悪いんでしょ! はいはい! すみませんでしたぁ!」


「そんなこと言ってないでしょ!」


 茶番と言われても差し支えない追いかけっこが数分続きましたとさ。

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