ゆめみるかみ

宇津田 志納

第1話 私の世界

 目が覚めると白い天井がお出迎え。いつの間にかまた寝ていた。外からは鳥のさえずりが、カーテンの隙間から太陽光が私を照らしていた。

 よくある日常の始まり。重い瞼を擦って、起きようと試みるも身体は動いてくれない。低血圧ってほんとに辛いんだよ、理解してくれる人いないけど。

 目覚ましは既に役目を終えたと言わんばかりに秒針のみを進ませていた。7時にセットしたというのになんて事。8時過ぎを指していた。


「うーん、あと5分」


 再び眠りにつく魔法の言葉を唱えて、現実とおさらばしようとしたけど。

 ぐぅーとお腹が鳴った。必ずしもお腹が鳴るのは腹減ったという合図ではない、みたいな情報をネットで見た気はするけれど、思い起こせば昨日からヨーグルトしか食べてない。

 餓死なんてつまらない永遠の眠りにつくより、食後の昼寝のほうが私は好む。

 仕方ない。ここは頑張って起きるとしますか。


「ふわぁ」


 ひと欠伸。酸素を脳にいき渡らせる。

 気だるい身体を無理矢理起こして、ベットから起き上がる。昨日、日干しでめいいっぱい太陽の恵みを受けただけのことはある。このベット、いと気持ち良し。

 布団もふかふか。こんな環境で二度寝をしない理由はあるだろうか、いや、ない(反語)


「んんー」


 背筋をめいいっぱい伸ばす。カーテンを手にかけ、勢いよく開ける。天気の良い青い空が私を待っていた。いや、待たなくていいんだけどね。

 太陽光を浴びて洗面所に向かい、顔を洗う。その後は歯磨き。鏡にはぼさぼさの粟色の髪、枝毛が幾つもこんにちはしている。また光に慣れておらず、電池のマイナスみたいな目。上下ともに緑色の単色ジャージ。まさにノーメイク、ノーファッション。なんとまあ、乙女の散々たる格好だった。

 最低限の身だしなみを整えてから、ようやく朝食。


「やはり、朝はパンに限りますねー」


 トーストに食パンをセット。頼むよ、トースト大明神。食パンさんの命運は君に預けた。

 焼ける時間の合間に得意料理のベーコンエッグを無難につくる。卵にはしょうゆ、ソース、塩コショウのいずれの一つを味付け。どの調味料を使ったのか言うまい。三つ巴はナーバスな問題だ。

 後はコップに野菜ジュースを注ぎ、完成。


「いただきます」


 素晴らしきかな。見たまえ圧倒的だよ私の朝食は!と自画自賛してみる。

 ほどよくきつね色に焼けた食パンにジャムを添えて、ベーコンエッグに野菜ジュース。色とりどり豊かな食卓。

 そして、静かな一人の朝食が始まった。

 私の世界は八畳間のこの部屋と部屋から繋がっているベランダだけ。

 それこそ自分の動ける範囲内でもある。それ以外の場所は不可侵領域。絶対の安全域だ。

 独りでの食卓はもの寂しさがあるもので、テレビを点けて雑音を取り入れる。


『今日は一日中晴れが続くでしょう』


 ニュースキャスターが天気予報を告げていく。今日も平和でなにより。平和最高平和万歳。

 社会はズレることなく動いていく。今日も一日なにごともなく、世界は絶好調のようだった。


「ごちそうさまでした」


 完食。

 手を合わせて片付けに入る。食器を一つ一つ洗っていく。食器洗剤は選り好みしないけど、できるならすすぎやすさと泡立ちの良さを求めて買う傾向がある。

 タイムイズマネー。さっさと食器は片付けたい。

 流石に食事の後になると、眠気はある程度醒めていた。お次になにをしようかと考えつつ、手慣れた手つきで食器を拭く。


「8時30分か……」


 掛け時計に目が止まる。正確には8時33分ぐらい。時間とともに連想される方向へと目で追ってしまう。

 高校へ行くために必要なブレザーの制服、教科書が詰まった鞄、諸々エトセトラ。


「………………あぶなッ!?」


 危うく食器を落としてしまうところだった。視線が集中し過ぎた。疎かにすると怪我をしかねないので拭くことに専念する。

 ついでにキッチンをピカピカにしておく。潔癖症というわけじゃなく、なんかたまに目についたらやってしまう。勉強しているとついなんとなく散らかっているのが気になって掃除してしまう人間の性。

 都合の悪いことは普段やらないことをしようとすることで打ち消そうと考える浅ましい性。別のことをどうこうしたところで都合が悪いことは消えないのに、なんたること。

 でもでも、自分の顔がはっきりとわかるぐらいにピカピカにすると嬉しくなったり。

 やり切った感、全開です。


「他も掃除しようかな」


 典型的に駄目なパターンがここにいると自覚しつつも、やってしまう。

 まあ、やることもないんでね。

 キッチンから始まり、洗面所やトイレ、お風呂まで磨いていく。部屋の掃除もやってしまおうと上から埃を落として最後に掃除機で吸い取るといった至るとこ全部。

 ええ、終わりました。終わりましたとも。


「ふう……」


 やり切った女、ここに極まれり。

 集中してしまうと早いもので昼時となっていた。


「さて、なにをしよう」


 お腹がまだ空かない。もうやることもない。けれど、ここでの脳内の選択肢は一つだった。

 新品同然のワイシャツを手に取る。ジャージを脱いで、袖に通す。クリーニング仕立ての上下制服を着こみ、最後に留め具タイプのリボンをつけて着替え終えた。

 長い髪がワイシャツ内に紛れていたので、後ろへかきあげる。

 洗面所の鏡で確認すると、めっちゃ違和感。

 かれこれ制服着るのも数か月ぶりなのだから、当然といえば当然ともいえる。


「身だしなみよし! 制服よし!」


 指差喚呼。列車などでよく用いられる現状を正しく認識する為の安全確認をする。

 ダブルチェックしたいけど、この場は私しかいないので致し方ない。


「教科書よし!」


 鞄を持ち、玄関へと急ぐ。


「……」


 玄関を抜けた先。ここから先は私の世界から抜ける。安全の保障はどこにもない。

 私、この戦場を潜り抜けられたら結婚するんだという死亡フラグが頭によぎる。

 え? 死ぬ前提?


「よし」


 息を吸って、吐いた。ゆっくりと深呼吸。


「行こう!」


 そして、私は――


「ごーいんぐ、べっと!」


 逆走し、ベットに飛び込んだ。

 ほら、よくあるでしょ。用意周到に準備をこれでもかと済ませたら、既に成し遂げた感覚に陥るやつ。あれですよ、あれ。

 私は己の意志が薄弱であることを再認識し、襲ってくる睡魔に成すすべなく力尽きるのであった。

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