8

 いつもの様に、中庭のベンチに二人並んで空を見上げた。


『ヒカゲには大切な人がいる?』


『大切……?』


『うん。私はいたよ。だけど死んじゃった……でもね』


 ヒカゲの前へと立ち、頬を撫でる。その瞳はとても透き通っていて、ヒカゲは目が離せなかった。その瞳が変わってしまうことを知らなかった。願いを聞き入れた所為で、消えてしまった存在。埋める事のできない空虚な心。


 ──ずっと、どうでもいい事だって思ってたのに……なんでこんなにも、苦しくなるの?


 見えない何かがヒカゲの胸をえぐる。ほんの一週間前の出来事。


「話疲れて寝てしまったか。まともに人と話したのは何年振りか」


 光をまとい、元の大きな獣の姿へと変わるキャロル。その瞳はどこか寂しげで、はかないものを尊く思うように、空を見上げる。


 ──悲しい話だが、人と言葉を交えるのは、やはり良いなぁ


 寝てしまったヒカゲの頬を伝う涙をキャロルはそっと拭う。やはり、キャロルの言葉には寂しさが残った。


 あれから何時間、時が進んだのだろうか。変わらぬ赤い月を下。目が覚めたヒカゲを囲む大きな薄桃色の毛並み。それは、他の獣からヒカゲを護るように。


「目が覚めたか、ヒカゲ」


「俺……いつのまに」


 話をしている合間に寝ていた事に驚くヒカゲをよそに、キャロルは立ち上がり、背の高い木々が集まる方へと歩み出す。


「話をしてくれたお礼だ。この森から出してやろう。付いてくると良い」


 そう言い、背の高い木々の合間を縫って入っていく。その後をヒカゲは追う。数分歩き続けると、キャロルは足を止めた。

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