後編
僕が行きそびれたと思っていたプールは、実はもう1人の僕がちゃんと堪能しており、みんなでカブトムシを探す約束も、もう1人の僕がちゃんと探しに行っていた。つまり、"僕が1日過ごした次の日は、もう1人の僕が次の日を過ごしていて、順番に僕同士が入れ替わっていた"のだ。僕は風邪を引いたり、お婆ちゃん家に連れて行かれていたのに、こっちの僕はしっかり楽しんでいてずるい!なんて、そんな事を考えたのも束の間、僕はもっと大変なことに気がついてしまった。
「えーーーと………つまり、このままいくと、僕の夏休みって半分になっちゃう!?」
もっと他に気にすることもあったのだろうけど、小学生の僕にとって、夏休みが半分になること以上に重要な事はなく、これまでの人生の中でも、この上なく重大な大事件だった。
「お、おっ、おおおお母さん!!!」
急いで部屋から出た拍子に、バタンッ!とドアが大きな音をたてた。しまった、ドアを勢いよく閉めた事でお母さんは怒るだろうか……でも、今はそれどころじゃない!ドタバタと階段を駆け下りお母さんの元へと急いだ。お母さんは洗濯物を干し終え、リビングで洗い物をしてる最中だった。お母さんに事情を説明しようとしたところ、案の定ドアの事で怒られたが、僕はもうそれどころではなかった。もしかしたら多重人格者かもしれないだなんて、実の息子に言われたらみんなの親は何て言うんだろうか。ちなみに、僕の親はこうだった。
「またそんな変なことばっか考えて、ふざけてる暇があったら、夏休みの宿題も早いうちに手付けときなさいよ」
つまり、相手にしてもらえなかったのだ。普段からふざけた事ばかり言ったり、悪戯もよくしていたから、またいつもの変なのが始まった、ぐらいに思ったのだろう。僕はいてもたってもいられず、もういい!っと叫ぶと、今度は一緒に住んでいるお婆ちゃんの部屋に駆け込んだ。
「お婆ちゃんどうしよう!僕、多重人格になっちゃったかも!」
お婆ちゃんはきょとんとしていた。こういう時、お婆ちゃんは反応が遅いから困るんだよなぁ。そんなふうに思いつつも、お母さんにした説明をそのままお婆ちゃんにも伝えた。お婆ちゃんはウンウンと頷いて、よっこらせと仏壇の方に歩いて行った。何をするのだろう。
「ちょいと、こっちにおいでぇ」
何だろうと思いつつも、言われるがまま仏壇の方に近寄っていった。
「昔ねぇ、お婆ちゃんの弟も、似たようなことを言っとる時期があってねぇ。ちょうど、同じ小学生ぐらいのときさね。あんまりにも同じことをずっと言うもんだから、さすがにみんなもおかしいと思って、お医者さんにも診てもらったりしてねぇ。でも、なーんも分からんかったの。それでねぇ、弟は泣きながら、仏さんにお願いしたんよ。お婆ちゃんも一緒にお願いしたからよぉ覚えとる。弟をどうか治してくださいってねぇ。ほいだら、次の日には弟が治ったぁって喜んどるんよ。ほいじゃきぃ、仏さんにお願いしてみたらどうかいねぇ」
お婆ちゃん独特のゆっくりな喋り方で、話はとても長く感じた。でも、初めてこんなにも長いことお婆ちゃんの話をちゃんと聞いたかもしれない。僕はすぐさま仏壇の前に正座して、んんんっ、と力強く目を瞑り、掌と掌をすり合わせながらお願いした。
「仏さま、どうか僕を、僕の夏休みを返してください!」
〜〜〜〜・〜〜〜〜・〜〜〜〜・〜〜〜〜
夏休みも残すところあと1週間になってしまった。楽しみにすればするほど、時間というのはあっという間に過ぎてしまう。あともう少ししたら学校が始まってしまうと思うと、もっとやり残した事があるんじゃないかという気持ちになってしまう。
まぁ、宿題はやり残しているが……。
ふと時計を見ると、針は9時30分を指していた。今日は10時から学校で野球の約束があるのだが、遅刻ギリギリの時間だった。
「やっべ!準備しなきゃ!」
急いで荷物をまとめるも、肝心のボールがどこにも見当たらない。まったく、急いでる時に限って見つからないんだよなぁ。
どこにやったっけと探してるうちに、1枚の紙切れが机とベッドの間から出てきた。埃っぽいその紙切れを取り出して見てみると、それは、僕が僕宛てに書いたあの時のメッセージだった。
「そーいえばこんな事もあったっけ」
このメッセージを残した次の日、僕は仏壇の前で寝ていたところを、お母さんに起こされた。何故仏壇の前で寝ていたのかまったく覚えていないが、それ以来、あの不可解な現象はなくなった。記憶はあるのに、まるで僕が僕じゃないみたいな行動をしていたあの現象。一体なんだったんだろう。今思い返してみれば、もしかしたら全部僕の気のせいだったのかもとも思えてくる。
「でも、この返事だけは僕が書いた心当たりないんだよなぁ。」
「あれ、あんた野球しに学校に行くじゃないの?」
「え?あっ、やっべ!!」
洗濯カゴをかかえたお母さんに言われて、慌てて僕は思い出した身支度をすました。その際、その紙切れはそのままクシャッとしてゴミ箱へと捨てた。
そこに書いてあった僕の返事というのは、
まぁ、もうどうでもいいか。
2分の1の夏休み かーぼん @nigorihonoka
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