第39話 ありがとう!

 この島へ来た時、サルに追われてかけおりた坂をのぼっていく。ピンクのキョウチクトウがみえてきた。


 あの時このキョウチクトウがこわかった。今はきれいだなって思えるから不思議。

 ところどころ赤いペンキのはげた円筒形のポストがみえてきた。

 かわったかたち。頭にベレー帽を乗せて、ひさしの下に細長い口があいていた。よくみると、郵便マークがかいてある。

 長い年月でこわれたのか、手紙を取り出すふたがあいていた。


 あたしの頭の上に乗っている白バトさまが、せかすようにいった。


「さっ、葉書を入れるがよい」


 二羽のスズメは、あたしの肩からポストの上へ飛びうつった。


「楽しかったよ、アス。ありがとう」

 お行儀のいいサブスズメが、いった。


「おう、元気でな」

 照れ屋のゲンスズメが、そっぽを向いていった。


「うん、ふたりとも元気でね。また会おうね。バイバイ、ありがとう!」

 そういってあたしは、コトリと葉っぱの葉書をポストへ入れた。


 耳になじんでいたセミの鳴き声が、だんだんと遠く細く、消えていった。


              *


 目をあけると、真白な色が飛びこんできた。天井の色だ。なんか、つまんない色だな。

 横を向くとお母さんのおどろいた顔。笑おうとしたけどできない。なんの音もしないから、耳が痛かった。

 手に何かをにぎってる感触がする。お布団から手を出しひらいてみたら、あの海でみつけた青い石が、LEDライトの下でにぶくひかっていた。


 それから、検査をいろいろうけたけど、どこも異常なし。

 やっと退院する日。病室に、看護師さんが葉っぱを持ってやって来た。


 病院の郵便受けに入ってたっていって、お母さんへわたした。あたしが書いた葉っぱの葉書。お母さんは声を出して読み始めた。


「あたしは、元気です。帰ったらいっぱい勉強して、お手伝いもするね。差出人の名前がない。いったい誰のいたずらかしら」


 白バトさま、今度はちゃんと郵便受けに入れてくれたんだ。それにしても、差出人の名前また書くの忘れちゃった。


 退院して、あたしは約束通りいっぱいお手伝いしようとしたのに。寝てなさいっていわれて、全然できなかった。勉強せずにすんだのは、ラッキーだったけど。

 だまっていうことを聞いていたおかげか、おじいちゃんのところへいくことだけは、ゆるしてもらった。夏休みも残りわずかになったけど、あたしはやっとおじいちゃんへ会いにいける。


                  *


「おじいちゃーん!!」


 九州にある空港の到着とうちゃくロビーで、あたしはおじいちゃんをみつけた。大きく手をふる。


明日鳥あすかよくきたな。一人で大丈夫だったか?」


「大丈夫。あっちの空港には、お母さんとお父さんがみおくりに来てくれたし」


「体は、もう大丈夫なのか? ポストの前でたおれてから、六日も意識がなかったのに。退院して一週間で飛行機に乗るなんて」


 ゲンといっしょの坊主頭のおじいちゃんは、顔をしかめた。そうすると、表情がシワにうもれる。


「だから、大丈夫だって。お医者さんにちゃんと許可もらったよ」


 そういって、心配ばかりするおじいちゃんの体にあたしは力いっぱいだきついた。

 力を入れすぎたのか、ぐえってあたしの頭の上から変な声が聞こえた。力をゆるめたら、あたしの頭はポンポンと大きな手でなでられた。


「身長のびたなあ。そのうちおいこされそうだ」


 小柄こがらな体型のおじいちゃんの丸顔をみあげる。まぶたの裏にやきついているゲンスズメの顔とかさなって、顔が自然とゆるんでくる。

 やっぱりおじいちゃんはゲンだったんだ。

 あたしはポケットの中の青い石をぎゅっとにぎりしめ、おじいちゃんへ心の中でよびかける。

 また会えたね、ゲン。


                   *


「明日鳥、おじいちゃんにお手紙書いたか?」


 海辺の家へ向かう車の中で、おじいちゃんはいった。

 あたしはとなりの運転席をみる。


「書いたよ。とどいたの?」


 あたしが書いた適当な手紙は、あの島にあるはずなのに。おかしいな。


「あっ、手紙じゃなくて葉書だな。それも葉っぱの葉書だ。差出人の名前がなかったけど、明日鳥かなと思ったんだ」


「なんで、わかったの?」


「そりゃ、わかるさ。また三郎さんとつりにいこう。って書いてあったんだから」


 だって、こっちに帰ってきてもまた三人で遊びたかったんだもん。

 二枚目の葉書はポストに入れなかったのに、白バトさま配達してくれたんだ。ありがとう。さすが、神使さま。


「三郎さん元気?」

 会いたいような、会いたくないような、どっちつかずな気持ちで聞いた。


「三郎さん熱中症でたおれたんだ。二日ほど意識がなかったけど今は元気だ。釣りにもいけるぞ」


 よかった。サブ兄ちゃん、元気になったんだ。


「三郎さんもいってたぞ。アスに会いたいって。でも三郎さん、なんでアスっていったんだろうな。前は明日鳥ちゃんってよんでたのに」


 三郎さん、島でのこと覚えてるの?  病院のベッドの上で夢見てたんだろうか。 

 あの、崖の上でのふたりだけの会話、覚えてたら恥ずかしいな。


「なんでだろうね。でもどっちでもいいよ。おじいちゃんもあたしのこと、アスってよんでよ」


 あたしはニヤニヤしながらいった。それなのにおじいちゃんは、むずかしい顔で首を横にふる。


「明日鳥の名前は、おじいちゃんが名づけたんだぞ」


「そうなんだ。あたし、知らなかった」


「おじいちゃんが昔住んでいた奥神島には、八幡様のお使いである白バトさまがいらっしゃったんだ。実際にみたことはなかったけどな」


 白バトさまって本当はみえないの? コンビニの前にいたけど。


「白バトさまは明日をこえて飛んでいくって、いいつたえがあるんだ」


 なにそれ! 明日をこえていくって、未来へ飛んでいけるの? それともただ単に長生きってだけ? それも、八幡様のご加護かな。

 おじいちゃんは、ちらりとあたしをみて話を続ける。


「だから、明日鳥の名前は白バトさまからいただいた名前なんだぞ」


 名前の由来があの白バトさま……なんかいやだな。

 でも、そのおかげであんな大冒険ができたのかな。


 あたしとおじいちゃんが乗った車は、青い空を飛んでいくように海辺の家へ向かって走っていった。



                    了


















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