第38話 ようやく

 ねぐらへつくと、サブ兄ちゃんは寝床にしていたかまどの左の穴に手をつっこみ、ゴソゴソと探す。

 ひっこぬかれた手には、野球ボールがにぎられていた。適当に落ちている木を、バットのかわりにした。これで野球ができる。


「今からしようぜ。オレたち日がのぼれば、スズメになるんだから」


 ゲンのセリフに、先生の言葉を思い出す。


『気持ちにかたちがないから、昼間はスズメの体をかりてる。夜は静かで、暗くてさびしくなるから、なつかしい気持ちが強くなる』


 あの時、わからなかったけど、今ならちょっとだけ先生がいいたかったことわかるよ。

 朝がくるとみんないそがしい、学校へいったりお仕事したり。おじいちゃんだって、あたしが遊びにいった時、いそがしそうだった。

 朝ごはんに、かならず目玉焼きをつくってくれた。あたしの好きな半熟で。朝ごはんの後は、そうじや洗濯。

 おじいちゃんはお仕事をやめていたけど、お家の中にいっぱいやることがあった。あたしもちょっとだけ手伝ったけど。


 いそがしくしていたら、なつかしい気持ちを忘れるんだね。でも、その気持ちがなくなるわけじゃない。スズメになってこの島の空を飛んでいる。

 夜になってお家でホッとしたら、なつかしい気持ちを思い出す。そうしたら、スズメから人間の姿になる。そういうことなんだね。


 人間の姿の栄養は、星のかけら。今までは、島の思い出が流星になってやって来た。でもこれからは、ほたるになった人たちへの思い出も、星のかけらになるんだね。あたしが先生のことを思い出せば、それが流星になってこの島へとどく。


 満点の夜空に向かって大きく手を広げた。

 これから、寝る前にこの島であったことを思い出すよ。ゲンやサブ兄ちゃん、先生のこと。親切な鹿さん、頭のいいカラス。サルのハナちゃんのこと。あっ、白バトさまのことも。みんなみんな。

 そうしたら、来年もきっとゲンとサブ兄ちゃんは小さくならない。


「おい、アス。聞いてんのか? 野球しようぜ」


「うん、しよう。思いっきりしよう!」


 この星空に負けないくらいの、満点の笑顔でいった。

 あたしがピッチャーでバッターはサブ兄ちゃん。キャッチャーはゲン。ボロボロの六十年前のボールをにぎりしめ、思い切り投げた。


                 *


 翌朝あたしは寝坊した。チュンチュンって耳元で鳴くスズメの声に気づく。最初の朝もこうだったなーなんてのんきな気分で目をあけたら、みなれたスズメが二羽そこにいた。


 ゲンスズメとサブスズメだった。


 サブ兄ちゃんは、すっかりよくなったんだね。だって、今日はスズメになってるんだから。きっと、三郎さんは目をさまし、いそがしくしてるんだ。


 お社へ、ゲンスズメが連絡にいってくれた。白バトさまは、上谷の手前で待ってるって。

 あたしは右肩にゲンスズメ、左肩にサブスズメを乗せ、今度こそ、ポストへハガキを出すため出発した。


「ポストのまわりにはサルがいるよ。じゃまされないといいけど」

 サブ兄ちゃんがそういうと、あたしはひらめいた。


「大丈夫。だって、もう名前知ってるんだもん」


 ふたりは不思議そうな顔をしたけど、あたしはかまわずずんずん歩く。ズボンのポケットには葉っぱの葉書が二枚。そして青い石。


「名前ってあの生意気なメスザルのことか?」


「ゲン、女の子は丁重にあつかわないといけないんだよ」


 あたしの言葉にゲンは首をかしげる。

 白バトさまは、ちょうどあたしがハナちゃんに会ったあたりで待っていてくれた。


「遅かったの。そなたたち。待ちくたびれたわ」


 それは昨日あたしがいいたかったセリフ。って、ふんぞりかえる白バトさまにいってやりたかったけど、だまっていた。うん、あたしも成長した。


 坂道の向こう。木々の間からサルのキーキー声が聞こえてきた。


「これから先いかにするのじゃ。サルたちは我のいうことなぞ聞かぬぞ」

 あたしの頭に飛び乗りながら、いった。


「わかってる」

 あたしは、三羽が乗る体で大きく息を吸い込み、はき出した。


「ハナちゃーん! こないだは遊んでくれてありがとう。今日はポストへ葉書を入れに来たの。だから、ここを通してくださーい!」


 よそのお家へ入る時は、ちゃんと挨拶しておうかがいをたてればいいだけ。勝手に入るから怒られるんだ。


「これだけで、通してくれるのか?」


 ゲンスズメが、あたしのナイスアイデアにケチをつける。


 一匹のサルが、木からおりてこちらへ近づいてきた。あのハナちゃんだ。


「よう。おまえまだここにいたのか」


 あいかわらず口は悪いけど、怒ってるわけではなさそう。


「うん。ポストへ葉書を入れたら帰れるの。だからポストのところまでいってもいい?」


「そういや、俺も何日か前に手紙拾ってポストへ入れたな」


 それって、あたしが書いたおじいちゃんの手紙のこと?


「どこで拾ったの。その手紙」


「誰がおいたか知らねえけど、石垣のところに落ちてたぞ。手紙は、ポストへ入れるもんだって、パパに聞いたから入れた」


 石垣って最初にゲンがいたところだ。なんだちゃんと白バトさまは、ゲンにとどけたんだ。郵便受けがなかったから、そこらにおいたのは雑だけど。


「みよ、我はまちがっておらんかった。ちゃんとそなたの祖父に手紙を配達したのじゃ」


 白バトさまが勝ちほこったように、あたしの頭の上でいった。


「なんの話だよ。オレの手紙の話か?」


「ちがうよ、あの手紙じゃないから」


「何をいう。そ……モゴモゴ」


 白バトさまのくちばしを、あわててつまんだ。


「どうでもいいけど、好きにしな。スズメのじじいもこれからは、挨拶しろよ」


 じれたハナちゃんはそれだけいって、また木にのぼっていってしまった。


「なんだよ。たったこれだけのことだったのか」


「言葉の通じる対等なつき合いには、挨拶が必要ということじゃな」


 白バトさまも、たぶん必要なんだよ。わかってるのかな。


「さあ、早くポストのところまでいこう」


 サブスズメにせかされ、あたしたちは先をいそいだ。




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