第36話 やり残したこと

「ボクのせいだ。この道は何度か通ったことがあったのに。出発する前に気づいてたら。石段をのぼった方がよかったかもしれない」


「今さらそんなこといっても、しょうがないよサブ兄ちゃん。なにか方法を考えようよ。あたし、朝にここを一人でおりたんだから」


「その時は、普通の体だっただろ。今は小人だ。どうすればいいんだよ。ちきしょー! せっかくここまで来たのに」


 サブ兄ちゃんもゲンも、もうあきらめてる。ダメだよ。それじゃあ。せっかくふくらんだものが、またぺしゃんこになる。絶対絶対、元にもどるんだから!

 どうしたら、気持ちがぺしゃんこにならない? どういえば、ふたりを勇気づけられる? 考えろあたし!


「あのね、朝来た時お尻ですべったんだよ。尻もちついたから。まだズボンがぬれてて気持ち悪い」


 どういえばいいかなんて、わかんない。わかんないけど、みんなの気持ちをアゲたくて、あたしは話し続ける。誰もじゃべらなかったら、沈黙に沈んでいってしまう。


「でも、よごれても大丈夫。自分で洗濯できるようになったもん。ここへきて最初はすっごくいやだったけど。ふたりのおかげで楽しかった。いっぱいいろんなことしたね。でもね、できなかったことがある。三人で野球したかった。あと、草スキーって知ってる?」


 あたしの沈黙をおそれたくだらない話に、ゲンがちゃちゃを入れる。


「なんだよ。くさスキーって。くさいスキーか。スキーは普通雪の上をすべるんだろ。やったことないけど」


「草スキーって、草の上をすべるの。スキーと同じそりですべるんだよ。こんな急な坂を一気にすべりおりる。すごく気持ちいいんだから」


「ここに、そのそりがあればよかったな」


 ゲンが何気なくいった言葉に、サブ兄ちゃんはくいついた。


「そうだ、そりだよ。そりがあれば、すべっておりられる」


「サブ兄ちゃん。だからそりは、ここにないって」


 背負っていたサブ兄ちゃんをおろしながら、ゲンはいった。


「なかったらみつければいい。三人乗れる大きな葉っぱでもいいじゃないか」


 サブ兄ちゃんの言葉に、あたしはひらめいた。


「そうだ、そりがない時は段ボールですべるんだった」


「大きい葉っぱだったら、バショウの葉があるぞ。たしかあっちにはえてた。とってくる」


 さっきの落ち込んだ姿がウソみたいに、ゲンはもと来た道を走っていった。


 サブ兄ちゃんとあたしは座ってゲンを待つ。少しでも足を休めないと。


「アス、足は大丈夫?」


「ありがとう、サブ兄ちゃん。大丈夫だよ。あとちょっとなんだから」


「アスはこの世界のこと知ってるの?」


 サブ兄ちゃんが、池をみおろしながらいった。月の光があたったさみしげな横顔は、あたしのすぐそばにある。そんな顔しないでって、いいそうになった。


「うん、先生に聞いた。ここは廃村だって」


「そっか、じゃあボクらの正体がおじいさんだってことは?」


 信じられないけど……。あたしは、コクンと首をたてにふった。サブ兄ちゃんと三郎さんはあたしの中で、結びつかない。


「昨日、夢でみたんだ。病院のベッドに寝ているおじいさん。ボクはふわふわただよってて、そのおじいさんをみおろしてる。ひょっとして、これは自分じゃないかなって思ったんだ」


「大丈夫! 後ちょっとだよ。絶対助かるから。サブ兄ちゃんは先生みたいにならない」


 大丈夫なんて簡単なこといえない状況だって、自分でもわかってる。お社にたどりついたって、星のかけらが少なくて元の大きさに戻れないかもしれない。戻れなかったら、サブ兄ちゃんは元気にならないかもしれない。


 悪いことばっかり考えてしまう。でも、サブ兄ちゃんはこの島にいてほしい。あたしがあっちに帰ったら、二度と会えなくても。


「うん。ボクもそう思う。絶対元にもどるって信じてる」


 そういって、サブ兄ちゃんはあたしを見て笑った。青白く輝く笑顔をみていると、あたしの胸の奥がぎゅうっと苦しくなる。どうしちゃったんだろ。あたしの心臓。

 足が痛いのに関係あるのかな。足首のジンジンとしたしびれるような痛みが、心臓まで到達したみたい。


 心臓がビリビリしびれるから、自然と顔が赤くなる。痛みで熱でもでたのかな。


「おーい、みつけたぞー」


 ゲンの声を聞いて、あわてて赤いほっぺよ元にもどれってさすった。スリスリする音と何かを引きずる音がかさなる。

 ふりかえると、小人の身長三人分の長さはありそうな大きな葉っぱをゲンが引きずって来た。


「これなら、三人乗れる。アスがやりたかった草スキー今からしようぜ」


「うん!!」


 ゲンが先頭、サブ兄ちゃん、最後にあたしの順番で葉っぱに乗って座る。葉っぱの先をゲンがにぎり、足で地面をけった。

 その瞬間サブ兄ちゃんはゲンの体に、あたしはサブ兄ちゃんの体にしがみつく。葉っぱのそりは、グングン勢いよく斜面をすべり出した。


 髪が全部後ろにながれ、顔全体に風を痛いくらい感じる。滝のすべり台をすべった時みたい。気持ちいい。でも、あの時は一人、今は三人。すべるスピードも三人分。断然三人の方が楽しい!


 ドーン! 衝撃しょうげきといっしょに下へ到着し、あたしたちは葉っぱから放り出された。ゴロゴロ転がる体。やっととまって、まわりをみるとふたりも転がっていた。ゲンはすばやく体をおこし、サブ兄ちゃんの元へかけよる。


 あたしは、ぱっと顔をあげた。ちょうど満月は頭の上。やった! 間に合った。

 後はどうか、星のかけらが十分たりて、元の大きさにもどれますように。お願いします。八幡様。


 いのりをこめてみあげる、星くずをまきちらしたみたい夜空。その夜空をぱっと一筋の光が横切った。今夜も星のかけらが降ってきた。

 でもその数はひとつやふたつじゃなく、どんどんふえていく。星空は、あっという間にかがやく線で埋め尽くされた。まるで、星くずのシャワーだ。

 無数の光の筋は、四方八方からここをめざして飛んでくる。すごい!


 ポチャン!


 ひとつが落ちると、たて続けに池へ落下し始めた。水面が光でいっぱいになる。まぶしい光に目をこらすと、映像がうつっている。それは、次々ときりかわっていった。


「すげー、流星群だ。もう最近はこんなに星のかけらふってこなかったのに。いったいどうしたんだ?」


 ゲンがサブ兄ちゃんを支えながら、呆然ぼうぜんと立っている。口をポカンとあけて。サブ兄ちゃんも、あたしも夜空をみあげる。


 自然とあいた口の中へ流星が入ってきそう。頭にあたりそうだけど、そんなこと忘れるくらいすごい景色。こんなきれいなもの、みたことない。


 星のかけらは人々の思い出。ということはこの流星群は、記憶の大群たいぐんなんだ。夜空をわたって、この島に思い出がおしよせてる。


「そなたたち、えらく遅かったな。待ちくたびれて寝ておったぞ」


 白バトさまが首を前後にゆらしながら、やぶの中から歩いてきた。やっぱり寝てたのか。

 今、あたしは白バトさまと同じ大きさ。巨大な白バトさまはちっともかわいくなかった。


「どうして、こんなに星のかけらがふってきたの?」


 みんなの島の思い出は少なくなってるって、いったのに。


「それは、そなたのせいだ」


 えっ? 意味わかんないんだけど。












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