第35話 もういいとか、いわないで!

 石段の下、サブ兄ちゃんとゲン、それとあたし。同じ大きさの三人は、尻もちをついていた。

 まわりには、巨大な葉っぱの葉書二枚と青い石が落ちていた。それと、ポケットに入れたのを忘れてたクギ。

 あたしがちぢんでも、ポケットの中に入れたものはそのままなんだ。


「なんで、あたし小さくなったの!」


 誰かに答えを教えてほしくて、さけんでいた。


「アスの力も、少なくなったってことかな。ここにい続けるには、星のかけらの力がいる」


 サブ兄ちゃんが肩で息をしながら、答えてくれた。言葉ははきはきしているけど、体はつらそうだ。


「大丈夫だ、安心しろ。池までもうすぐなんだから。星のかけらが、かがやけばなんの問題もない」


 大丈夫っていったけど、ゲンの顔は不安げにゆがんでいる。


「そういうけど、ゲン。ピラミッドみたいなこの石段を、どうやってのぼるの?」


 あたしは、そびえたつ石段をみあげた。ここからよんでも白バトさまは、気づかないだろう。ひょっとして、また寝てるかも。自分たちでなんとかするしかない。


「さすがに、これはのぼれねえ。迂回うかいするしかない。山へ入って、お社の裏手にまわろう」


 朝、鹿さんと通ったルートだ。立ちあがってふりむくと、まん丸な赤い月が海の上をのぼっていた。


「何あの月。赤い」


「のぼったばかりの月は赤いんだよ」


 サブ兄ちゃんの言葉に少しだけ安心する。赤い月が不吉なことじゃないならいいけど。

 そうだ、八幡様にお願いしよう。

 石段の下、背筋をのばして立つ。パンパンと二回顔の前で手をならし、あたしはいのった。


 どうか池へ到着して、元の大きさにもどれますように。お願いします、八幡様。


「ボクをここにおいていってくれ。頭はしっかりしてるけど、体に力が入らない。これじゃあ、歩けない」


 座りこむサブ兄ちゃんに、あたしはかけよって膝まづく。目の前にはあたしより背の高いサブ兄ちゃんの顔が、つらそうにゆがんでいた。いつもの小さな顔じゃないから、なんだかドキドキする。けど、そのドキドキは今いらない。不謹慎だから。

 ドキドキを誤魔化すように、お腹に力を入れた。


「おいていくのは、葉っぱと青い石だけ。サブ兄ちゃんはおいていかないよ」


「「絶対!!」」


 最後の言葉は、ゲンとかぶった。同じ思いの友だちがいたら、力を合わせてなんだってできる。

 葉っぱは風に吹かれて飛んでいかないように、クギでさして地面へ固定した。これがないと帰れないんだから。


 背の高いサブ兄ちゃんをまん中にして右側はゲン、左側にはあたし。肩をかして、歩き始めた。真夜中まで時間はたっぷりある。ぜったい、大丈夫!


                *


 どれぐらいの時間、山の中を歩いただろう。

 鹿さんの背中に乗って、お社へ向かった時はあっという間だったのに。小人の一歩なんて、数センチ。どんなに歩いても、ちっとも前へ進まない。おまけに左の足首がかなり痛い。


 鹿さんが朝に通ったから、山の中のけもの道はふみしめられて平らになっていた。それでも、木の枝や、石が進路をじゃまする。そのたびに、障害物をさけるから時間がかかってしょうがない。お社まであ後どれぐらいだろう。


 月をみあげると、だいぶ高いところまでのぼってる。どうしよう。月がもうすぐ真上にきちゃう。

 そう思ったら右足がすべり、とっさに左足でふんばった。とたん、激痛げきつうがはしる。バランスをくずし、サブ兄ちゃんとゲン、三人いっしょにたおれこんでしまった。


「いったー。アス、足すべったのか?」


 ゲンの言葉へ返事をしようと思うけど、あまりの痛さに声が出ない。


「アスの様子がおかしい」


 サブ兄ちゃんにいわれ、ゲンがあたしのそばへよる。月明かりの下、あたしの左足首ははれあがっていた。


「どうしたんだよ、この足。まさかずっとがまんしてたのか?」


「ちょっとひねっただけだから――」


 あたしは、大丈夫っていおうとした。いおうとしたんだけど、言葉が続かない。


「ふたりとも、ボクをここへおいていけ。このままじゃあ間に合わない」


 痛みでジンジンする耳に、サブ兄ちゃんの言葉がつきささる。


「いやだ、絶対いやだ。サブ兄ちゃんもアスもおいていかない。三人で池へいくんだ」


「ゲン、そんなの無理だ。おまえが、アスに肩をかして池までいけ。ボクはもういいから」


 ごめんね、ごめんね。あたしが足を痛めなかったら、こんなことにならなかったのに。サブ兄ちゃんを最後まで支えられたのに。

 涙がポロリと目からこぼれ落ちそうになり、手の甲でグイっとこする。


「もういいとか、いわないで!」


 先生も同じことをいった。星のかけらはもういいって。サブ兄ちゃんまで蛍になっちゃうなんて、いやだ。絶対いや。


 あたしは、右足に力を入れて立ちあがった。泣いている場合じゃない。泣く時間があれば、一歩でも前に進まないと。


「あたし一人なら歩ける。ゲン、一人でサブ兄ちゃんに肩かせる?」


「あったりまえだろ。まかせろ。肩かすどころか、おんぶだってできるぞ。オレはあきらめない!」


 丸ぼうず頭に、きりっとした目。おじいちゃんは、やっぱりたよりになるね。


「ゲン、アス。ありがとう」


 そういうサブ兄ちゃんのほっぺに、月の光でかがやくものが流れ落ちていく。でもすぐに、手のひらでぬぐわれた。


「そこに落ちているまっすぐな枝を拾ってくれ」


 ゲンがすぐに枝を拾って、サブ兄ちゃんへわたす。


「これをつえにするんだアス。足が楽だと思う。次はあっちにはえてる、じねんじょのつるをとって来てくれ」


 サブ兄ちゃんの指先をたどってみると、木につるがまきついてた。じねんじょってなんだろ。


 ゲンがまたとってきて、サブ兄ちゃんへわたす。


「ゲンすまないが、ボクをおんぶして、このつるで体にくくりつけてくれるか」


「おんぶひもだな。わかった!」


 ぺしゃんこになってたみんなの気持ちは、むくむくふくれていく。

 つるの葉っぱをとると、ひもみたいになった。それで、ゲンとサブ兄ちゃんの体をしばる。

 あたしは、つえをついて立ちあがる。うん、左足が楽。これなら歩ける。


 ふたたび出発してしばらく歩くと、あのお社をみおろす崖に出た。三人の足元でほんのり池がひかっていた。

 まだ、ドバーっとはひかってない。間に合った。

 けど、どうやってこの崖をおりればいいんだろう……。


「そうだった。この道は最後、崖をおりないとお社へいけない」


 ハーハーと肩で息をするゲンの声が、草におおわれた地面へポツンと落ちた。







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