第31話 まさか、まさか

「鹿さん! あたし葉っぱを探してるの。手伝って」


 朝の校庭にひびきわたるあたしの声。鹿さんはゆっくり顔をあげる。


「おお、ええぞお。なんだ、じょうちゃんも葉っぱ食べたいんか。うまいのおせいてやっぞ」


「食べたいんじゃなくて、文字が書ける葉っぱ探してるの。キズがついたら黒くなるの知らない?」


「あー、黒くなるやつか、知ってるぞ」


「ほんと? やった。それどこにあるの」


「お社の近くだ。でもあれ、あんまうまくねえぞ」


 だから、食べないってば。お社の近くだったら、葉っぱとってすぐに白バトさまのところへいける。今日一日、お社にいてくれるようたのんだし。


 その木は、お社の後ろの山にあるそう。鹿さんの背中に乗せてもらい、山の中のけもの道をいく。

 ゆれる背中の上から太陽をみると、だいぶ高い。これじゃあ、お昼までには帰れないな。


 ちょうどお社をみおろす崖の上に到着とうちゃくした。そこにある背の高い木の前で、鹿さんはとまった。


「これだぞお。黒くなるの」


 そういうと、のばした首で葉っぱを一枚むしって、あたしにくれた。

 細長い形で、まわりはギザギザになってる。表はピカピカの緑色だけど、裏返したら黄緑色でツルツルしてる。

 この裏側なら字が書けそう。鹿さんから飛びおりる。みつけた平らな石の上に葉っぱをおいた。

 ポケットからクギを出し、葉っぱのはしっこに「あ」って書いてみた。


 クギで書いたところが黒くなって、ちゃんと「あ」って読める。すごい、すごい!


「この葉っぱで正解。もうちょっと大きいのとってくれる?」


 鹿さんから大きい葉っぱをうけとり、さっそく書き始めた。


 東京都……家の住所を書いても、そこにあたしの体はない。かといって、病院の住所は知らない。たぶん同じ区の病院だよね。

 区の名前と病院って書いて、あて名はお母さんにした。

 ここへ配達されてきた時、奥神島としか書かなかったけど、ちゃんとおじいちゃん――姿は小人のゲンだったけど――のそばだった。


 横にした細長い葉っぱの上半分へ、あて先を書いた。下半分にはメッセージを書こう。うーん、何書こう。お母さんに伝えたい事……頭をひねって考え考え、やっと書き終わった。


 できあがった手紙をじっくりとみる。手紙っていうよりハガキっぽいな。

 たしか、葉に書くでハガキって読むよね。じゃあこれって、紙の葉書より本物だ。


 そうだ、いいこと思いついた。葉っぱをもしゃもしゃ食べていた鹿さんに、もう一枚とってもらう。今度はちがう人にあてて葉書を書いた。

 書きあがった二枚の葉書を、ズボンのポケットにしまった。


「鹿さん、いろいろありがとう。後はお社へいったら、おうちに帰れる」


「そうかあ、よかったなあ。この島で遊んで楽しかったか?」


 あたしは鹿さんの質問にはっきり答えた。


「うん。とっても楽しかったよ。ゲンやサブ兄ちゃん、先生、鹿さんとカラス。みんなに会えてよかった」


 鹿さんは満足そうにうなずいた。そして、長い舌であたしの顔をベロンとなめた。青くさい葉っぱのにおいがして、あたしの心はくすぐったいものでいっぱいになる。


「おらは、ここでお別れだ。お社にはいけねえ。この崖くだったらすぐだ。気いつけて帰れよ」


 あたしは大きくうなずいた。そうだった。鹿さんは白バトさまをみると、目がつぶれるっていっていた。あんなハトでも尊敬そんけいされてるんだなあ。


 学校へ帰る鹿さんの後ろ姿に手をふった。そして、深呼吸をして崖の下をみる。

 ここをおりるのか。かたむきはなだらかだけど、けっこうな高さ……家の二階の窓からみた景色より、もうちょっと高いかな。

 でも、これぐらい大丈夫。だってあたしはもっと高い崖から鹿さんと飛びおりたんだから。


 あたしは「いくぞ!」と一声気合を入れて、ゆっくりおりていった。かかとに体重をかけて、一歩一歩ふんばる。草がびっしりはえた斜面しゃめんはすべりやすい。気をつけてても足がすべり、尻もちをついた。

 お尻に冷たい感触かんしょく……って思った瞬間、そのままザザーって一気に下まですべっていった。


 あいたた。すべり台みたいに早かったけど、お尻がぬれちゃった。草スキーのそりがあったら、ぬれなかったのに。っていってもここに、そりがあるわけないよね。


 立ちあがり、おしりをパンパンはたいて、息を大きく吸う。


「白バトさまー! 葉書書いてきたよ」


 こだまになって、ひびく声。それなのに白バトさまは、姿をあらわさない。

 あんなにお願いしたのに。まさか酔っぱらってたから忘れちゃった? そんなのないよ。


 あたしはあきらめきれず、もう一度白バトさまをよんだ。

 そうしたら、どこからかうめき声が聞こえてくる。耳をすますと、池の近くのやぶからだ。


 やぶの中へ入り、切れ切れの声をたどっていくと、木の根元に白バトさまがうずくまっていた。なんだか顔色が悪くてしんどそう。


「どうしたの、白バトさま。どっか痛いの?」


「おお、よいところへきた小娘……ちと、水を一ぱい所望しょもうする」


「なに、しょもうって。もっとわかりやすくいって!」


 白バトさまの弱々しい声にあせって、あたしはついつい大きな声でいった。


「大きな声でいうでない。頭にひびく――」


 頭が痛いんだ。お母さんもたまに、偏頭痛へんずつうっていうのにかかってる。その時はごはんもつくれないほど、ぐったりしていた。


「水をどうすればいいの?」


「水が飲みたいのだ――」


 その声を聞いてあたしは、すぐさま池へ走っていった。



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る