第30話 ほしいのは、えんぴつ

 だめだ……紙がないと。どうやって手紙を書けばいいのか、全然わかんない。

 うなだれるあたしのまわりに、鹿さんたちがよって来てくれる。

 困ったときは、目の前の人(鹿)にたよるしかない。


 ここで泣いたって、どうにもならない。あたしは帰らないといけないんだ。こぶしをにぎりる。体全体にギュッと力を入れ、顔をあげた。


「あのね、あたし手紙を書かないと、おうちに帰れないの」


「手紙ってなんだ?」


 鹿さんにポカンとした顔で、聞き返された。そっからなの……。


「えっと、遠くはなれた人へ連絡したいことを、紙に書くものなんだけど」


「へー、人間は不便だな。おらたちは、鳴き声で遠くの仲間と連絡するぞ」


 そういって、ピィーとさっき聞いた甲高い音を出した。鹿さんが鳴くと、それに合わせて仲間の鹿さん達も鳴き出した。

 それ便利だね。でも。東京にいるお母さん達までとどく?


「うるさいですね、あなたたち。朝からなんなんですか」


 いや味ったらしい声とともに空からまいおりてきたのは、あの意地悪なカラスだった。


「さっきから、この鹿はピィーピィーと」


 このカラスのお小言を聞いても、鹿さんはなんにもいわない。ばかにされてるってわかってないのかな?


「鹿さん、怒らないの? ひょっとして、カラスと仲いいとか」

 

 校庭の石をつっついてるカラスを横目にみて、あたしはいった。


「へえ? じょうちゃんはカラスの言葉がわかるんかい」


 そっか、普通は動物の種類がちがうと言葉なんかわからないよね。先生がいってた。体をもたないと、できないことができるって。

 あたしやっぱり、体がない魂なんだ。


「言葉がわかるんなら、カラスに聞いたらどうだい。こいつらは、いろんなもの集めてっから」


 そうだ、収集癖しゅうしゅうへきがあるカラスなら紙持ってるかも。即座そくざにあたしは、真っ黒い体に向きなおる。


「あの、カラスさん。ひょっとして、紙とえんぴつ持ってたりする?」


「はあ? 紙なんて、雨にぬれたらボロボロになるでしょう。あなたは、我々動物が人間のように屋根のあるところで、生活していると思っているのですか」


 聞くんじゃなかった。あたしの肩はガクッと落ちる。


「でも、えんぴつとやらは持ってますよ」


 落ちた肩がピコンとはねあがる。


「ほんと? それすっごくほしいんだけど」


 そういったけど、えんぴつと交換するものがない。一度ねぐらに帰って王冠もらおうか。でも、ゲンたちもういないだろうし。勝手にもらうのは、泥棒どろぼうさんだし。

 あたしは、腕組みをして考え込む。


「そんなにほしければ、恵んであげますよ」


「えっ? 交換じゃなくてくれるの」


 ちょっと上から目線、ううん、かなりな上から目線だけど。この際、細かいことは気にしない。くれるっていってるんだから。


「えんぴつなんて廃屋はいおくにゴロゴロ落ちてますからね。少しお待ちなさい。とってきましょう」


 なんていいカラスなんだ。今まで意地悪とかいや味とか思ってごめんね。

 カラスが飛んでいく姿を、少しの反省とワクワクした思いで見送った。


 それから数分して、口に細長いものをくわえて帰って来た。

 やった。えんぴつゲットできた。あとは紙なんだけど、きっとどっかにある。これで、おうちへ一歩近づいた。


 カラスは差し出した手の上に、えんぴつをポロンと乗せてくれた。五センチぐらいの長さだけど、短くったって書ける。先端せんたんはとがってる。けずらなくてもよさそう。でも、なんかえんぴつにしては重いし細いな。


 全体的に茶色くざらざらしてる。手についたそのざらざらをクンクンとかいでみたら、鉄棒てつぼうと同じにおいがした。とんがった先っぽを指でさわったら、チクンって痛い。

 まさかこれ……。


「あの、これってクギじゃない?」


「えんぴつとは、細くてとがったもののことではないのですか」


 ……残念、ちがいます。でも、カラスはえんぴつなんて使わないよね。名前なんてどうでもいいだろうし。うん、気持ちを切りかえよう。


「えっと、手紙を書きたいんだ。だから紙とえんぴつがいるの。紙はどうも鹿さんたちが食べちゃったみたいで」


「紙がなければ、紙にかわるものを探せばいいのですよ。あなた頭がたりませんね」


「紙のかわりになるものなんて、あるの?」


 カラスがすっごい横目であたしをみている。


「我々カラスのネットワークによれば、昔は葉っぱに文字を書く人間がいたそうですよ」


「葉っぱ? でも葉っぱにどうやってえんぴつで文字を書くの?」


 カラスがわざとらしいため息をつき、首をふる。


「先っぽがとがったもので書くと、黒くなるそうです。そのクギというものでも書けるんじゃないですか」


「その葉っぱ、どんなのか教えて。この島にある?」


「さあ。私よりそこで草をんでいる鹿に、お聞きなさい。島中の草木を食べてるんですから」


「うん、わかった。ありがとう、いろいろ教えてくれて」


 あたしのお礼を聞いたカラスは一声カーと鳴いて、海の方へ飛んでいった。


 後は、黒くなる葉っぱを探せばいいんだ。鹿さんに聞いてみよう。

 あたしとカラスがやりとりしてるあいだ、のんびり草を食べていた鹿さん。ブッという音といっしょに、お尻からコロコロとうんこが出てきた。

 

 大丈夫かな……。

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