第29話 へいきなフリ

 今すぐにでも帰りたいのに、手紙を書かないと帰れない。

 今晩帰るのはあきらめ、朝一番に紙とえんぴつを探そう。

 酔っぱらいの白バトさまに、明日は一日お社にいるようお願いしてねぐらへ帰った。

 何回も念おししたから、大丈夫だとは思うけど……。


 王冠だけになった袋を、かまどの前においたら、中からサブ兄ちゃんの声がした。


「アス、帰った?」


「うん。星のかけら池に入れてきた」


「そう、ありがとう」


「あのね、サブ兄ちゃん。明日どうしても帰らないといけなくなって、夜ふたりが元にもどるのみられない。もどったら、いっしょにキャッチボールしたかったけど」


「いいよ。すぐに帰りな。もう、池まで先生を運ばなくてもよくなったしね」


 サブ兄ちゃんの言葉に、胸がギリってきしんだ。


「帰るには、手紙書かないといけないの。ここに紙とえんぴつある?」


「ここにはないなあ。学校になら残ってるかも。昔はいっぱいあったしね。手伝おうか?」


「いい、大丈夫。サブ兄ちゃんたちは、星のかけら探して」


「わかったよ。帰る時、ボクらに挨拶あいさつなんかいらないからね。すぐに帰った方がいい」


「でも、ゲンになんにも言ってないし」


「ゲンは起きてるよ。なっ?」


 サブ兄ちゃんがそういうと、右のかまどから「ふんっ」ってゲンの鼻息が聞こえた。


「あたし、ここにつれてこられた時は、どうしようと思った。でも、ふたりのおかげてすごく楽しかった。ありがとう」


「こちらこそ、ありがとう。星のかけら、たくさん集まったのはアスのおかげだ。きっと元にもどれるよ」


 本当はもどれないかもしれない。かけら、あれだけでは足りないかもしれない。

 あたしは、ブンブンと頭をふった。


「うん、絶対もどれるよ」


 あたしの言葉の後に、ゲンのぼそぼそいう声が聞こえた。


「ありがとよ」


 おじいちゃん、またあっちで会おうね。三郎さんも会おうね。それで、この島の話をふたりにしてあげるんだ。きっと信じないだろうけど。


                *


 まだ暗いうちからあたしは起きだし、かまどの前で頭をだまってさげた。


 あとは一目散に、学校目指してかけ出した。

 お母さんは病院で、ずっとあたしのそばにいるのかな。お父さんは今日仕事だろう。あたしが目を覚まして大丈夫って笑ったら、安心してくれるよね。


 今日も校庭では、鹿さんたちが草を食べていた。

 走りながら「おはよう!」って挨拶したら、通り過ぎてから「今日も早いなあ」って、なごむ声が聞こえた。


 校舎の中にある教室の戸を次々開けていき、残された机の中に紙とえんぴつがないか探しまわった。教卓きょうたくの中、木のロッカーの中。

 本さえあれば、ページをちぎって手紙が書けるのに、それもない。


 昨日、先生が蛍になった教室の前に立って、深呼吸を一つしてから勢いよくあけた。

 朝日が差し込む部屋に、やっぱり先生はいなかった。


 黒板の前に立って、みおろす。先生がいたところを。

 お布団代わりにしていた、布の中で何かがひかった。

 手をのばしそれにふれると、昨日あたしがおいた星のかけらだった。


 そうだ、紙を探しながらかけらも探せばいいんだ。それで、手紙を書いてお社へいったら、池に入れればいい。

 一つでも二つでも、ないよりあった方が絶対いいにきまってる。かけらをぎゅうっと強くにぎりしめ、ポケットに入れた。


 それから、校舎の中をくまなく探しても何もみつからない。

 最後の一番大きな部屋は、たぶん職員室だったんだろう。いくつか残された木の机の引き出しを片っ端からあけていく。


 なんにも入ってない。えんぴつ一本残ってなかった。もうここから人がいなくなって六十年。あたしはまだ、十三歳。その約五倍。途方とほうもない時間がながれたんだ。


 引き出しをにぎる手に痛みがはしる。みたら、指にとげがささってた。とげをぬいたら、指先から血が出た。ぷっくり盛り上がる赤い血をぺろりとなめる。血の味が口の中に広がり、目をつむった。

 

 ゆっくり目をあけると視界の端っこに、四角いものが。部屋のすみに落ちてる!


 すぐさまかけよる。やった。本だ。何の本かまったくわからないほどボロボロで、表紙は雨でぬれたのか、くしゃくしゃになっていた。

 これでは字が書けない。でも、中に紙が残ってたらその余白よはくに書けばいい。


 期待に胸をふくらませ表紙をめくった。そうしたら、中身はなんにもなかった。ページ一枚もない。きれいさっぱりない。

 よくみたら、ページがやぶりとられてる。


「誰よ、こんなことしたの。本は大切にしなさいって習ったでしょ!」


 そのさけび声にかぶさるようにして、外からピィーと甲高い鳴き声が聞こえてきた。聞いたこともない鳴き声。外には鹿さんたちがいるけど……。


 あたしはとっさに中身のない本をつかみ、外へ走り出した。まさか、まさかまさかだよね。


 外へ出て一番りっぱな角の牡鹿おじかに、本をずいっとその鼻先へつきつけていった。


「鹿さん! 紙食べた?」


 草を口の中でもしゃもしゃ食べながら、鹿さんはいった。


「おー、紙は全部食べたぞーあんまりうまくなかったな」


 やっぱり……おいしくなかったら、食べないでよ。

 もうこの島に紙は、一枚も残ってないの?

 

 どうしよう……。










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