第27話 ひとびとのおもい

 にじんだ星をみてたら、先生の言葉を思い出す。太陽にだって寿命はある。

 じゃあ、今みてる星にも寿命はあるんだね。先生がお星さまになったって、寿命はあるんだね。


「白バトさまー!!」


 あたしは、力の限り夜空に向かってさけんでいた。だって、今この瞬間を一人でいたくない。誰かといっしょにいたい。


 さけび声が、夜の闇にすいこまれていく。誰も答えてくれないと思ったら……。


「ウィィィィ、誰じゃ我をよぶのは。そこにおるのは……おっ、小娘ではないか。どうした、どうした」


 後ろから、声がする。あわててふり返ったら、白バトさまが、ふらふらしながらこっちへ飛んで来た。赤い顔して、あたしの肩にとまった。


「明日は祭りの日。せっかく我がいい気分で飲んでおったのに。何用じゃ」


 その口ばしから出る息は、ビールを飲んだお父さんと同じ匂いがした。


っぱらってるの?」


失敬しっけいな、酔っておらんわ。これしきの量で」


 お父さんも、真っ赤な顔して同じことをよくいう。


「白バトさま、鳥目で夜は飛べなかったんじゃないの?」


「こまかいことを、いうでない。今日は無礼講ぶれいこうじゃ。ポッポッポッ」


 酔っぱらいが笑ってるよ。これは、あとで何にも覚えてないパターン。

 あたしが、先生を生き返らせてってお願いしたら、二つ返事でオーケイして次の日には忘れるんだきっと。

 なんかバカバカしくなってきた。


「お酒なんて、この島にあるんだ」


「数年に一度、元島民が墓参りにくるのじゃ。その時、八幡様はちまんさまへおそなえのお神酒みきも持ってくる。それじゃ」


「それって、八幡様のお酒でしょ」


「何をいう。八幡様に供えられたものは、神使である我のものでもある!」


 ちょっと、ちがうような……まーいいや。八幡様がおゆるしなら。


「お祭りってなんなの? 明日は満月で、池がかがやく日なのに」


「おーその話を聞きたいか。どれどれ、ひとつ昔話をしようではないか」


 これは、長くなるやつだ。あたしは、とっくにひっこんだ涙のかわりにため息をつく。石段に座り、かけらの入った袋を横へおいた。

 のぼったばかりの月の光が、道のように海の上を、まっすぐこちらへのびていた。


 肩からおりた白バトさまが、あたしの横で話し始めた。


「この島は、その昔神の島とよばれていたんじゃ。戦国時代までさかのぼること四百五十年前。ここに長嶋水軍ながしますいぐんの一党が住みつき、島の守り神として八幡神を勧請かんじょうしたのが、この島の始まりだ」


「水軍ってたしか海賊だよね。でも、かんじょうってなに?」


「むっむっ、今どきの子どもにはちと難しいか。勧請とは、神を新たにおむかえするということじゃ」


「へー。ゲンたちのご先祖様は海賊なの?」


 正直、八幡様の由来とか興味ないけど、ゲンたち島民の由来は気になる。


「まあ、一概いちがいにはいえぬかもしれんが、たぶんそうじゃ」


「じゃあ、あたしもそうなんだ。なんだか、かっこいいね」


「コホン。そして、その八幡神へ感謝をささげる祭りが、毎年八月の満月の夜に行われていた。今では、誰もその祭りを行うものはいない。せめて我ひとり、神と酒をみ交わしていたというわけじゃ。けして、酒におぼれていたのではない」


 だいたい、酔っぱらいは飲む理由をいうよね。


「そのお祭りの日に星のかけらがひかって、ゲンたちは元の大きさにもどるの? 楽しみだな」


「そなた、ゲンたちの正体がわかったのか?」


「うん、ゲンはあたしのおじいちゃんで、サブ兄ちゃんは、おじいちゃんの友だちだった」


 あたしは、肩をさげていった。


「おじいちゃんのなつかしい気持ちだけが、この島で遊んでるんだって」


郷愁きょうしゅうもしくはノスタルジーというやつじゃな。廃村になり、この島に人影がとだえて数十年後、あれらはチラホラ姿をあらわした。この島で暮らしていた当時の姿そのままで。しかし、すべての住民ではなかった。郷愁が強いものだけ、ここへ帰って来たのだろう」


「なんで、そんなことがこの島でおこったの? やっぱり魔法?」


「魔法ではない、八幡様のご加護かごであろう」


「ごかご?」


「神が、民草たみくさを守り助けることじゃ」


「たみくさ?」


「えーい、人間のことよ。つまりこの島でおこっている不思議なことはみな、八幡様のお力による。そういうことじゃ」


「ここって、神社なんだよね。なんで、おさいせん入れるところがないの?」


 ここには鳥居しかない。木々と池があるだけで、神社っぽい建物はなんにもない。


拝殿はいでんのことを申しておるのか。それはそれは立派な拝殿が、建っておった。しかし、落雷による火事で焼けたのだ。形あるものは、いずれなくなる」


 白バトさまは、ふり返り池の向こうの暗闇をみつめた。あたしは、かかえたひざに頭をのせた。


「さっきね、先生が死んじゃった。いくら八幡様でも、死んだ人は生き返らせないよね」


人命じんめいをあやつるは、神の本意ほんいではない」


 海をみおろしながら白バトさまはいった。その言葉の意味は全然わからなかったけど、無理だってことがわかった。

 よし、明日ゲンたちが元の大きさにもどったら、家へ帰ろう。そして、この島での冒険をずっと覚えていよう。それでいいよね、先生。


 星のかけらが入った袋を持ち、あたしは立ち上がった。


「そうだ、この星のかけらってなんなの? サブ兄ちゃんは力の源っていってたけど」


「あーそれは、記憶の断片だんぺん。かけらじゃ。つまりこの島での人々の思い出が形になったもの。元島民たちが、この島を思うたびふってくる。夜の闇は、人を昔へといざなうのじゃ」

 

 白バトさまのいうことは、やっぱり難しい。でも、すごく大切なものなんだね。


「だんだん少なくなってるって――」


「この島が廃村になって六十年。高齢化が進み、思い出を持つものも少なくなった」


「じゃあ、そのうちなくなっちゃうの?」


「それは、我にもわからん」


 酔いがすっかりさめたのか、白バトさまは胸をそらせ、夜空をみあげた。



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