第25話 のこしたい言葉 

 結局、それから日がしずむまで星のかけらをゲンスズメと探した。

 この間遊んだ浜辺。陸と海の境目にかろうじてコンクリートが残っている、港だったところ。くまなく探したけど、一つもみつからなかった。


 探しつかれて、コンクリートのふちに座った。海に向かって小石を投げていたら、ゲンスズメが教えてくれた。 

 昔ここには漁船がいっぱいとまっていて、ゲンのお父さんも漁師だったそう。ということは、あたしのひいおじいちゃん漁師だったんだ。はじめて知った。


 ゲンもよく手伝いに、かりだされた。ポンポンって音を出して走る船。それにのって海をみていると、海の色が突然かわるんだって。きれいな海の青が、深くてこい瑠璃色るりいろにかわる。


 海の瑠璃色なんてみたことないっていった。そうしたら、大人になって自分の漁船を持ったら乗せてくれるって、ゲンスズメはいった。

 絶対だよって、ふたりで約束した指切りげんまんならぬかぎづめげんまんが、ちくちく小指をこすってくすぐったい。


 日が暮れてねぐらへ帰ったら、サブ兄ちゃんはかまどの前に立っていた。


「よかった、元気になった?」


 あたしがかけより、ひざまずいて聞いたらぱっと笑ってくれる。


「ありがとう、星のかけらがきいたのかな。学校からの帰り、かけらを池へ入れにいこう」

 

 ほんとうによかった。暗いから、顔色がよくわからないけど声は元気そう。きっと、星のかけらがきいたんだ。


「そうだ先生、具合わるそうだったから、星のかけらわたそう。サブ兄ちゃんにきいたんだから、先生にも絶対きくよ」


 あたしはゲンのねぐらにもぐり、またごそごそさぐった。かけらが入った袋を引っぱり出す。あいたところにポケットから出した手紙をおいた。その横にはあの表札。おじいちゃんの宝物はまた増えたね。

 表札と手紙をみていると、自然と顔が赤らむ。そのまま、ずりずりと後ろに引きさがった。


「よし、じゃあ三人で、先生とこいこうぜ。アス早く乗せろ」


 ゲンのえらそうないい方に、袋を肩にかつぎながらむっとする。


「なによ、女の子に乗せてもらうのずかしくないの」


 ちょっと意地悪なこといったら、ゲンは親指で鼻をかいた。


「オレは考えをあらためる。男も女も関係ねえ」


 その大発見でもしたようなドヤ顔がおもしろくて、三人で笑いながらねぐらを出発した。


 道すがら、今日起こったおもしろいことをサブ兄ちゃんに報告。

 サルのハナちゃんの話を聞いて、サブ兄ちゃんは感心しきりだった。


「そのハナってサル、次のボスになるかもしれない」


「でも、次のボスは、今のボスをたおさないとなれないんでしょ。自分のお父さんたおせるかな」


「ばっかだな、アス。あいつなら、自分の親父ぶちのめすぐらいやってのけそうだ」


 たしかに。あのハナちゃんならやりそうだけど、あのパパかわいそうだな。


 あたしたちの楽しいおしゃべりにつられたのか、いつのまにかほたるがよってきた。今日もきれいな緑色に点滅している。

 その点滅をみてると、あたしたちの話す言葉に合わせているみたい。


「ねえ、蛍とはおしゃべりできないの?」

 この蛍が、サブ兄ちゃんのよびかけでペットボトルに入ったことを思い出した。


「さすがに、動物たちみたいには話せないけど。意思疎通いしそつうはできるよ」


 そういって、サブ兄ちゃんは、小さなてのひらをうすやみに向かってそっとひらく。そこへ、サブ兄ちゃんの頭ほどある蛍が一匹とまった。


「あしたは、晴れるからきれいな満月だって」


 光に目をこらしながらいった。


「えー、蛍の考えてることわかるの?」


「なんとなくね」


 そういって、恥ずかしそうに笑った顔に緑の光が反射はんしゃしている。

 あたしの左肩にいる小さなサブ兄ちゃんが、すごくきれい。だぶんあたしより年上の男の子を、きれいなんて思うのはおかしい。おかしいけど、そう思ったんだもん。


 クラスの女の子たちがキャーキャーいってるアイドルの笑顔より、断然サブ兄ちゃんの方が、きれいで、かっこいい……。そう思ったとたん、顔がカッとあつくなりあわててうつむいた。だって、赤い顔なんてふたりにみられたくない。


 辺りはだいぶ暗くなってきた。もっと暗くなって、あたしの赤い顔をかくしてって思ってたら、学校の校舎がみえてきた。


 昇降口しょうこうぐちから入ると、今日は校舎の中にまで、蛍が舞っていた。ぼんやり緑の光に照らされた廊下をすすみ、先生の教室の戸を開ける。

 すると、中には廊下よりもっとたくさんの蛍が乱れ飛んでいた。


「すごい、今日はどうしちゃったの。昨日は、蛍いなかったのに」


 昨日の夜、この教室を照らすのは月明かりだけだった。今は、教室中蛍のやさしい光につつまれていた。


「みんな、むかえにきてくれたのさ」


 真っ黒な黒板の方から、先生の声がする。その声ははきはきとして、よく通る声だった。まるで、授業中の声みたい。

 よかった。夜になって元気がもどったんだ。三人で黒板の前へいき、あたしはひざまずいた。

 先生は、寝床の中で横たわったまま。その顔を蛍の光が照らし、顔色はわからない。


「先生星のかけら、お布団の中に入れるね。サブ兄ちゃんも朝、具合わるかったんだけど、かけらで元気になったから」


 あたしの言葉を聞いて、先生の眉が片方ピクリと動いた。肩の上のサブ兄ちゃんをみる。


「そうか。ありがとう」


 今度は、いらないっていわれなかった。あたしはうれしくなって、かけらふたつをお布団の中に入れようとしたら、ひとつでいいって笑われた。


 ゲンとサブ兄ちゃんはあたしの肩から飛びおり、先生の枕元による。


「先生、オレらに用事ってなんだ?」


「用事っていうか、おまえたちに最後、いいたいことがあったんだ」


 ……最後?






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