第24話 ねちっこい

 乱暴に手紙をポケットにつっこむ。そうしたら、コンと頭をつつかれた。


「その手紙、大事にしてくれよ。オレの宝物なんだからな」


 わかってると、返事しつつ、ここから帰ったらおじいちゃんに手紙を書きなおそう。

 でも、ゲンはその手紙読めないね。ポケットの上から手紙にそっとふれた。


「これから、どうする?」


 気をとりなおし、肩に乗るゲンスズメに聞いた。


「そうだなあ。せっかく上谷まで来たし、もうちょっとこの辺、探したいけど――」


 ゲンスズメの歯切れの悪い言葉に、あたしはうんうんとうなずく。


「サルがこわいから、早くここから出ていきたいよね」


 図星だったのか、むっとしていい返して来た。


「こわかねえよ。はん! あいつらがたばになってかかってきても、返り討ちにしてくれる」


「ほお、そいつは勇ましいな」


「そうだぞ。しょせん、サルは人間にかなわないんだからな」


 ゲンスズメは、あたしの肩の上でふんぞり返っていったけど、今の野太い声誰?


「その人間様は、もうほとんどいないじゃないか」


 その声を合図に、森全体がうなりをあげる。木々の葉ずれが、空へむかってとどろきわたった。

 よくみると、何百というサルが森を占領せんりょうしている。そして、上下にはげしくゆれ木の枝をゆすっていたのだ。

 その異様な森から、二匹のサルがこちらに歩いてくる。


 さっきあたしが松ぼっくりを当てたサルと、そのサルより一回りも二回りも体の大きいサルだった。


「ボスザルだ。あいつ、ボスザル連れてきやがった」


 耳元で、緊張きんちょうしたサブスズメの声がした。


「パパ、あの女だよ。俺に松ぼっくりぶつけたの」


「あー、あのぬけがらの子どもか」


 ぬけがら~? どこがよ。あたしこんなに、生き生きしてるのに。失礼なボスザルめ。


「子どものケンカに親が出てくるなんて、ボスザルの名が泣くぞ」


 ゲンスズメは強がっていってるけど、あたしの肩にふるえがつたわってきた。


「かわいい我が子の味方をして、なにが悪い」


 さすがパパ、とってもイマドキ。こんな状況では、しっぽふってにげ出すしかない。そっと、にげようっていおうとしたら、ゲンスズメが鼻息も荒く、いいたてる。


「そっちが先に、オレらにちょっかいだしてきたんだろうが。星のかけら探してるだけで、おまえらの邪魔してるわけじゃねえ」


「我らに何の断りもいれずなわばりへ侵入しんにゅうし、あちこちをあらしまわる。それを邪魔していないとは、筋が通らないのではないか?」


 たしかに、人様の敷地に無断で入るのは不法侵入ってやつだ。サルがこわいからってコソコソしたあたしたちが、悪かった。


「わかったよ。ここから出ていく。でも、おまえの息子がアスにひどいことしたのは、あやまれ!」


 ゲンスズメの言葉に、ボスザルは目をむいておこりだした。


「何をいう、この子は女の子だ!」


 えー! いたずら好きなおサルさん、女の子だったの。


「はっ? おまえ自分のこと俺っていってたじゃないか」


 ゲンスズメのよけいな一言に、女の子のおサルさんは口をとがらせる。


「なんだよ。女は女らしくして、俺っていったらダメなのか。けっ!」


 そのいい分に、あたしは大きくうなずいた。


「そうだよね。決めつけはよくない。わかるわかる。あたしも女の子が野球なんてって、よく陰口かげぐちたたかれてたもん。女の子だって、好きにしたいよね。あんた、名前なんていうの?」


 なんだろうこの親近感。この子と、友だちになれそうな気がする。


「名前は、ハナ――」


 ハナちゃんは、ボスザルの後ろからちょこっと頭だけ出して、答えてくれた。


「おい、アスどっちの味方なんだよ」


 敵とか味方とか、了見りょうけんせまいぞ、おじいちゃん。


「まあ、あたしたちも悪かったんだからさ。ここは、あやまろうよ」


「ぜってーいやだ。オレはあやまんねえぞ」


「そー意固地にならなくても」


「おまえが何といおうと、いやなもんはいやだ」


「そこをなんとか」


 ねちねちぐずるゲンスズメが、いうことを聞いてくれない。人間のメンツとかどうでもいいのに。

 このいい合いに、ボスザルがしびれをきらし、黄色い歯をむき出しにしていった。


「いい加減にしろ。さっさとここから出ていけ!」


 またまた、その号令を合図に森がうなりはじめる。

 あたしたちはすたこらさっさと、その場からにげ出したのだった。


 下り坂を一気にかけおりた。海のみえるところに立ちどまって、ゼーゼー荒い息で文句をいう。


「もー、これでますます、上谷に、近づけなく、なったじゃん」


「だって、あいついやがる女の子に抱きついたんだぞ。破廉恥はれんちにもほどがある。ぜってーゆるせねえ」


 はれんちってどういう意味だろ。いやらしいって、ことかな。


「でもあの子、女の子だったんだから、いいじゃない」


「女だからいいってもんじゃない。アスが後ろにひっくり返ってたら危ないだろ!」


 あー、ゲンはやっぱり、おじいちゃんなんだな。おじいちゃんも、あたしに危ない危ないってよくいってた。

 心配されるたび、不満とうれしさが混ざり合い、胸はくすぐったくなった。


 今も同じ気持ちをあじわっている。へんだね。目の前のおじいちゃんは、男の子でスズメなのに。なんだか照れちゃうよ。照れくさいから、話題を強引にかえた。


「でもさ、ここには男の人ばっかりだね」


 「昔は、俺達の仲間でハルって女の子がいたんだけど、いつの間にかいなくなったんだ」


 ゲンスズメはどこかケガでもしたような、痛みをがまんする声でいった。

 あたしはそのつらさがうつって、顔をしかめる。そして、ふっと思い当たることがあった。


「ハルって、春子って名前じゃないの?」


「そうだけど、なんで知ってるんだ」


 ゲンスズメが小首をかしげて聞く。


「だって、おば――」


 そこまでいって、あたしは言葉をのみこむ。

 だって、おばあちゃんの名前は春子だもん。まさか、おばあちゃんもここにいたの? なんで、いなくなったんだろう。


 それより、本当におばあちゃんか確認したい。


「ゲン、そのハルのこと好きだったの?」


「ば、ば、ばかやろーそんなこと、ぜってーない!」


 ……ないっていうわりに、羽をバタバタ羽ばたかせて動揺しまくってる。

 ゲンに教えてあげたいな。ハルは、ゲンのお嫁さんになるんだよって。そしたら、どんな顔するかな。小人の時にいってみようかな。真っ赤な顔したゲンの顔。ぜったいかわいいから。



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