第23話 ぬけぬけと

 エテコウって何? なんの名前なの。


 ゲンスズメの声に幾分落いくぶんおち着いたあたしは、左肩におかれたものにこわごわふれる。前を向いたまま。だって、直接みるのこわいもん。

 指だ。それも短くてまるっこい。あたしが指にさわったから、エテコウはぱっとあたしの右手をはらいのけ、また左肩をつかんだ。

 背中におおいかぶさっているものを確認しよう。ゆっくり首を左に回す。

 肩をつかむ手は、毛むくじゃら。ずいぶん、毛深いな。


 首をさらにまわすと、肩に小さな顔が乗っていた。黒目がちなつぶらなひとみ。細長い輪郭りんかく。お顔は真っ赤っか。その顔がニカッと笑い、黄色い歯がむき出しになった。


「ギャー、サル!」


 あたしの悲鳴を聞いて、サルはぴょんと背中から飛びおりた。


「なんだよ、マジで幽霊とか思ってたのか? ばっかじゃねえの。おまえらが歩いてた時から、後をつけてたんだよ。そんで、会話聞いて、話し合わせたんだ。俺って頭いいだろ」


 なにその悪知恵。あたしは、まんまとだまされたってこと? だまされたというよりも、からかわれた? くそー、くやしい!


「アスは女なんだぞ! ひどいことすんな」


 ゲンスズメが、あたしの肩に飛び乗ってきた。


「あっ? さすがじじい。女は弱いって決めつけて差別してんだな」


 そういうと、サルは口の中から白い石を出し、手のひらの上で転がし始めた。


「その女に、石をやろうと思ったけど、やーめた。石頭がんこじじいのお仲間じゃあな」


 ちゅんちゅん。文句をいうゲンスズメのくちばしをふさぎ、あたしはいった。


「そんなこといわず、その石ちょうだいよ。こわかったけど、かくれんぼ楽しかった。ね、お願い」


 必死に説得するあたしの顔を、サルはチラリとみる。


「そうだな。まあ楽しかったな。どうしようかなあ」


 あたしは、手のひらをずいっとサルの方へき出して、催促さいそくする。サルもあきらめたのか近よってきて、あたしの手の上に石をおこうとした。

 やった。説得成功。なんてったって、サルとヒトは親戚しんせきみたいなもんなんだから、言葉が通じれば、わかり合えるよ。


「なーんてね。やるわけねえだろ。ばーか」


 サルは憎たらしくもそういい放ち、くるっと背を向けにげていく。

 なにー、よくもぬけぬけと。もー怒ったぞ! 人間をなめるな!


 すばやくポケットに入れていた松ぼっくりをとり出し、にげるサルに照準しょうじゅんを合わせ、大きくふりかぶり、投げた。


 松ぼっくりは放物線ほうぶつせんをえがき、みごとサルの頭に大当たり。ぐえっとうめき声が聞こえ、口の中から星のかけらはポロリと落ちた。

 すかさず、ゲンスズメが飛んでいって、かけらをおなかの下にかくす。のびてくるサルの手を、くちばしでつっついた。


 あたしもダッシュ。猛然もうぜんと走ってくるあたしにビビったのか、サルはかけらをあきらめ森の中へにげていった。「おぼえてろ!」というセリフといっしょに。


「やった。かけらをとり返した」


 ゲンスズメとあたしは、かけらをゲットしてその場でぴょんぴょんとはねまわる。


「すごいな、アス。野球やってたってうそじゃなかったんだな」


「あたし、ピッチャーめざしてたんだ。それよりも、すごくいいタイミングで来てくれたね」


「ああ、網元の屋敷前のポストに手紙が入ってたんだ」


「あそこに、ポストなんかあった? 円筒形の赤いのはあったけど」


「それがポストだよ。こわれてて、取り出し口はあきっぱなし。そこから手紙がみえたんだ。そしたらオレあての手紙だった。みせようと思って、手紙くちばしにくわえて帰って来たんだ。そういや、手紙どこに落としたっけ」


 ここは廃村。手紙出す人なんていないのに。

 さっきの廃墟までもどると、松の木の下に手紙が落ちていた。


「そうだ、ここでアスの悲鳴が聞こえて、あせって落っことしたんだ」


 かわいげのない真っ白な封筒ふうとうを拾う。住所は奥神島だけ。あて先には、海端源次郎さまって見覚えのある下手くそな字で書いてあった。そして、鳥の切手に消印がおされていない。


 ひっくり返すと、差出人の名前がない。カレーの匂いにあせって、名前書くの忘れたんだった。


 白バトさまは手紙もまちがえず、住所通り配達したってわけね。さすが、神使さま。

 でも郵便受けじゃなくて、なんでポストなんだろう。


 ちゃんと住所書いてたら、今頃おじいちゃんのところにいたのかな。

 三日ぶりに自分が書いた適当な手紙をみて、おじいちゃんに申し訳なく思った。


「なっ、オレあてだろ? 誰からだろう、開けてくれよ。中の手紙みたい」


 肩へとまって目をキョロキョロさせ、ゲンスズメは期待した声でいう。ごめんね、その期待におこたえできるほど、立派なこと書いてないから。

 あたしはしぶしぶ手紙をひらき、一枚だけの便せんを広げた。


 ゲンスズメが肩から落ちそうになりながら、手紙を読み始めた。


「おじいちゃん元気ですか。あたしも元気です。夏休みはそっちにいけなくて、とてもざんねんです。お正月にはいくから、まっててね。って、これだけか?」


 あーあ。みせたくなかった手紙が、読まれちゃった。


「おじいちゃんって、だれだ? オレのことか。あたしって誰だよ」


「えっと。これひょっとして、未来のゲンの孫からじゃないかな。白バトさまが配達してくれたんだよ」


「そっか、白バトさまならできそうだよな。未来からの手紙か、すげーな」


 あたしのうそをケロッと信じて、おじいちゃんはもう一度読み始めた。

 ごめんね、あなたの孫は今、目の前にいます。







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