第21話 なかまにいれて

 ジージーと鳴くセミの大合唱の中、一歩一歩坂道をのぼる背中に、汗が流れ始めた。


「この谷の集落で、庭に大きなキョウチクトウのうわってた網元あみもとのお屋敷があったんだ。今はサルの住み家になってるけど」


 あたしの右肩にとまるゲンスズメが、ボソリボソリと話し始めた。


「網元って誰?」


 最初にこの島でみた、毒々しい色の花をつけたキョウチクトウ。あのへんがその網元さんの、お屋敷だったのかな。


「網元は、名字じゃなくて漁師の親方。お金持ちのことだ。そこの息子がすっげーいやなやつでさ」


 なんだ、名前じゃないのか。


「そのいやな子は今どうしてるの?」


 あたしは、ドキドキしながら聞いてみた。その子本当なら、今現在お年よりのはず。おじいちゃんは、自分がいるこの状況をわかってるのかな。


「あいつの方が先に、この島をはなれてったからなあ。知らねえ」


 おじいちゃんの記憶きおくは、子どものままとまってるみたい。


「ゲンはこの島をはなれなかったの?」


「オレも島をはなれた。連絡船の船尾せんびから島影しまかげがどんどん小さくなるのをずっとみてた。そんで、思った。絶対帰ってくるぞって」


「その夢がかなったってこと?」


「気づいたらここにいたんだ、サブ兄ちゃんと。オレに、連絡船をおりた記憶はない。自分でもどこかおかしいって思ってるけど、いいんだ。この島に帰って来たかったから」


「ふたりや先生以外にも、スズメになっちゃう人はいたの?」


「ああいたぞ。同級生や、最初は大人ももっといた。でも、ある日突然とつぜんいなくなるんだ。今はオレたちと先生だけだ」


「その人たち、どこいったの?」


「わかんねえ」

 ゲンスズメの声にいつもの元気がない。


「さみしくないの?」


「さみしくないさ。最後の一人になったっていい。人がいなくても、鹿がいるしな。それに、スズメになって飛べるってすごいんだぞ。アスにもみせてやりたいよ。上空からみえる景色を」


 スズメになって大空を飛んでいるあたし。想像したら、自然とワクワクしてきた。おじいちゃんが、そういうならさみしくないね。おじいちゃんのなつかしい気持ちは、この島にいることをのぞんでる。勝手に、あたしがさみしいって決めつけたらだめなんだ。

 そう思うと、坂道をのぼる足取りがだんだんかるくなっていく。


 石垣や緑におおわれた廃墟がポツンポツンとみえてきた。もう上谷かみやの集落に入ったのかな?


「星のかけらが落ちたのは、もうちょっと上の方かな。でもこれ以上いくとサルが多くなるからなあ。アスはここで待っててくれ、みつけたらもどってくる」


 そういって、ゲンスズメは坂道の先へ飛んでいった。

 あたしは、その後ろ姿を心細くみおくった。サルには会いたくないけど、こんなところで一人残されるのもこわい。このあたりはうっそうとしていて、ねぐらのあたりと雰囲気ふんいきが全然ちがう。


 人をよせつけないというか、これ以上入ってくるなって拒絶きょぜつの気配があたりにただよっていた。


 でも、ここでじっとしていてもしょうがない。あたしは、やぶに入って捜索そうさくを始めた。ゲンスズメはもうちょっと先に落ちたっていうけど、このあたりかもしれないし。


 適当なぼうを拾い、草をかきわけ、地面に白いかけらが落ちてないか探した。下を向く顔に汗がしたたる。手でぬぐっていたら、声がする。


「おーい、なんかいいもんみつかったか?」


「ううん、まだみつかんない」


 甲高い子どもの声に、何も考えず答えていた。はっと顔をあげ、あたりをうかがう。ゲンスズメが帰って来たの? まわりにスズメの姿はなかった。


「だれ? ゲンなの?」


 すこしおびえた声が、木々の間を走っていく。


「おまえ、ゲンの仲間か?」


 姿はみえない。声だけが返ってきた。


「そうだけど――」


「ふーん、つまんねえなあ。ゲンなんかより俺と遊ぼうぜ」


 姿がみえない声はさそってくる。だからいったい誰なのよ。


「そんな、声だけの人と遊べない」


「しょうがねえじゃねえか。俺の姿はみえねえんだよ」


 ……姿がみえない!? どういうこと? ひょっとして、幽霊ゆうれいなの?


「あなた、幽霊さんってこと?」


 幽霊に幽霊ですかって、聞いてよかったのかな? 怒ってたりして。幽霊を怒らすと、なんかヤバい気がする。


「そうだ、この上谷に住んでた網元の息子だよ」


 幽霊キター!! なんで? いま朝だよ。幽霊が出るのは、ふつう夜でしょ。

 いやいやここは、不思議がいっぱいな島。なつかしい気持ちがうろつくようなところなんだから、幽霊ぐらい出てもおかしくない。というか、気持ちが体からぬけだして、ふらふらしてるってのより、よっぽど幽霊の方が現実的で、理解できる。


「ゲンのやつひでーよな。俺のこといやなやつだって」


 ざーっとあたりは葉擦はずれの音につつまれ、木々の間を風が通りすぎていく。

 なんか、やばくない? さっきの会話、聞かれてた感じ?

 きっと声は明るいけど、怒ってる可能性大だよこれ。


「えっと、ゲンはそうかもしれないけど、あたしはあなたのこと知らないからきらいじゃないよ」


 風に負けない大きな声で、一応いいわけをいっておく。


「えっ、じゃあ、俺と遊んでくれる?」


 ここで、断ったら確実にのろわれるよね。あたしは、力なくうなずいたのだった。




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