第20話 とりのなか

「なつかしい気持ちが、体をぬけ出してるの?」


「あーそうさ。気持ちは目にみえない。でもたしかに、そこにあるんだよ」


 先生はそういって、しんどそうにゆっくりと手をのばし、あたしの胸のあたりへ指さした。


「でも、先生たちはあたしの目にうつってるよ」


「気持ちにかたちがないから、昼間はスズメの体をかりてる。夜は静かで、暗くてさびしくなるから、なつかしい気持ちが強くなる。思いが強くなれば、人間の姿になれるんだ。意味わかるか?」


 あたしは、首をぶんぶんと左右にふる。


「じゃあ、鹿さんやカラスも誰かの気持ちが入ってるの?」


「いいや。鹿やカラスは普通の動物だ。体を持たない存在になれば、動物と心が近づく。だから言葉がわかるんじゃないかと、先生は考えている。体のないことで、できないことが、できるようになるんだ」


 あたしは体育座りをして、ひざに頭を乗せダンゴムシみたいに丸くなった。

 この島は、おじいちゃんが昔住んでた無人島。住んでた人たちのなつかしい気持ちだけが、ここにいる。

 そんなの信じられない。信じられないけど、本当なんだ。


 心ってひとつじゃないの? なつかしい気持ちだけ、体からはなれちゃうなんて意味がわかんない。そんなの、かなしいよ。


「おじいちゃんや三郎さんは、この島で小人になってるって知ってるの?」


「知らないさ。じいさんのふたりは、不思議な夢をみてるって思ってるだけだ。でもその夢も、朝が来て目を覚ますと忘れてしまう」


 先生は、人差し指をくちびるの前に立てていった。


「内緒だぞ。実はじいさんだって知ったら、せっかく子どもにもどって遊んでるあいつらが、がっかりするからな」


 あたしはこくんとうなずいて、小指を先生の目の前に差し出していった。


約束やくそくの指切りげんまん」


 にっこり笑って、先生はあたしの小指に自分の小指をからませた。その小指がとても小さくてひ弱で、あたしはまた泣きたくなった。


「約束のついでに、今日の夜また三人でここへ来てくれないか」


 そのかすれた声に、あたしはたまらずいった。


「うん。絶対来る。星のかけら持ってくるから絶対うけとってね。満月は明日だよ」


 先生の口のはしが少しあがっただけで、返事はなかった。


                 *


 ねぐらへ帰ると、ゲンスズメが心配そうに左側のかまどをのぞき込んでいた。


「どうしたの?」


「サブ兄ちゃんが、しんどいって起きてこないんだ」


 先生も具合ぐあいわるかったのに、サブ兄ちゃんまで。あたしはよつんばいになって、かまどの中へ声をかけた。


「大丈夫? サブ兄ちゃん。」


「昨日いっぱい星のかけら探したから、つかれたんだよ」

 くぐもった声の返事があった。


「オレの寝床から星のかけらひとつとって、サブ兄ちゃんの寝床に入れてくれないか」


 ゲンスズメにたのまれ、あたしは右のかまどの穴に頭をつっこむ。袋の中から、かけらをひとつとって、左の穴へ。

 サブ兄ちゃんは、布を頭からすっぽりかぶっていた。その下にかけらをねじ込んだ。


「これで、ちょっとは元気になるよ。先生が、また夜に学校へ来てほしいって」


「うん、ありがとう。夜には元気になるから」


 そういうサブ兄ちゃんの声を聞いて、あたしとゲンスズメはひとまず安心した。


「アス、学校にいってたのか?」


「うん、先生にちょっと聞きたい事あったから」


 それ以上聞かないでって心の中で思ってたら、ゲンスズメはあたしの肩に飛び乗って来た。


「今日はふたりで、かけらを探そうぜ。昨日落ちた、上谷へいってみよう」


 あたしは、「了解!」って精いっぱい元気な声を出し、右手をにぎり空へつきあげた。


                 *


 あたしが最初、白バトさまにつれてこられたのが、上谷というところ。あのサルに追いかけられたところだ。


 この島の全体をあたしは知らないけど、山がひとつ島の真ん中にドーンとある。海から太陽がのぼる。だから海が東側、山が西側。

 山の表面はでこぼこしてて、谷とよばれるところが何カ所かあるんだって。

 ねぐらや学校、お社があるところは同じ谷。上谷はちがう谷。なので、上谷へいくには、一度海までおりないといけない。


 あたしは今、上谷へ続く坂をのぼっていた。ずいぶん遠い。あの日は一気にこの坂をくだったから、わからなかった。

 スズメなら山を横切って上谷までひとっ飛びだけど、ゲンスズメはあたしの肩にとまっている。


「上谷のサルはなわばり意識が、すげー強いからな。普通のスズメには石投げないのに、オレたちには石投げてくる。こないだアスとはじめて会った時、小人の姿みられたけど、たぶんオレだってわかってる。アスも、何されるかわかんねえぞ」


「普通のスズメとゲンたちを区別できるの?」


「あーわかる。あいつらは頭もいいし、カンもいい。オレのことみて、スズメのじじいっていいやがる。どこがじじいなんだよ」


 あたしは、ドキリとした。サルもしゃべれると思ってたけど、ゲンスズメの本当の姿までわかっちゃうの? 

 なかなか手ごわそうだ。そんなサルにみつからず、星のかけら探すってそうとう大変なんじゃないかな。





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