第17話 ちがう!

 サブ兄ちゃんとゲンが運動場でキャッチボールしているあいだ、あたしと先生は星のかけらをひとつ、校舎の中へ運んでいた。


 寝床ねどこにしている教室まで、運んでほしいとたのまれたのだ。


 夜の学校。あっちの世界では、絶対いきたくない場所ナンバーワン。だって、夜の学校は理科室の人体模型が動きだしたり、音楽室のバッハがしゃべったり、トイレには花子さんもいるし。もう、不思議がいっぱい。


 だけど、こっちの世界は不思議が日常だから、こわくもなんともなかった。現に今、三十センチ定規より小さい先生が、あたしの肩に乗っている。


 プレートに、阿比留あびる学級って書かれた教室へ入る。ところどころわれたガラス窓から、月の光が差し込んでいる。残された机といすが長いかげを引きずっていた。


 黒板の前に、鳥の巣みたいな先生の寝床があった。


「あそこに、星のかけらおけばいい?」


 あたしは、先生に聞いたけど、答えは返ってこなかった。不思議に思って左肩をみる。


「かけらは、やっぱりいらない。明日他のかけらといっしょに、池へ入れてくれ」


「なんで? 満月の日まで先生のお守りにっていったのに」


「もう、いいんだ。必要ない」


 そういって、顔をくしゃくしゃにして笑った。先生は、かけらがいらないほど、元気になったってことかな。それだったらいいんだけど。


「でも、ゲンたちには内緒ないしょだぞ。守れるか?」


 あたしは、こくんとうなずいた。その様子に満足したように先生は話し出した。


「先生は本土の大学を出て、島に一つだけのこの小学校に赴任ふにんしてきた。あの頃生徒は百人を超えていた。子どもたちはみんな日に焼けて真っ黒。夜になったら、暗闇くらやみにとけそうな顔をしていた。それで、笑うと白い歯だけみえるんだ。ここは、そんな子どもたちでいっぱいだった」


 へー、ここの学校も小学校っていうんだ。


「楽しそうだね。でも、みんなどこへいったの?」


 楽し気だった声は、一段低くなる。


「この島は、漁業以外の産業がなかった。だけど、年々魚がとれなくなっていった。それにともない一軒いっけんまた一軒と島をはなれるものが出始めた。最後には誰もいなくなったんだ」


 誰もいなくなった。その言葉にあたしはさけんでいた。

「ちがう! ゲンたちがいるよ」


 先生は、意味のわからないことをいってる。ここは、人間がスズメになったり小人になったり。動物ともおしゃべりできる魔法の国なんだよ。漁業とか産業とか、そんなの関係ない世界なのに。


「ゲンたちも子どもの頃ここを出て、またもどって来たんだ」


「なんで、もどって来たの?」

 黒板に月影が落ちる。月の光のあたらない闇に吸いこまれそうな心を、ぎゅっとつなぎとめながら聞いた。


「なつかしくて、なつかしくて。島でのいろどりにあふれた思い出が、何十年たっても、心からはなれていかない」


 言葉をしぼり出すように話した先生。その体をそっと手のひらでつつみ込み、黒板の前におろす。青白くかがやくその顔に、答えをさぐりながらあたしは聞いた。


「ここは、魔法の世界じゃないの?」


 先生はおかしそうに、片眉をあげた。


「そうだ。魔法にかかってるんだ。昔をなつかしむ老人の心が集まっている。誰も住んでいない、廃村はいそんの無人島に――」


 教室の夜の中、先生にくるりと背を向け走り出した。

 ふみしめて走る廊下ろうかの板が、ギーギーといやな音をたてる。その音と心臓のドキドキがかさなった。


 昔をなつかしむ老人の心。

 誰も住んでいない、廃村の無人島。


 この楽しいものであふれていた島の姿が、ばりばりとはがされていく。

 ゲンやサブ兄ちゃん。本当は子どもじゃなくてお年よりなの?

 ここは、もう誰も住まなくなった無人島なの?


 校舎からかけ出ると、月明かりにうかぶ青い運動場で、ゲンとサブ兄ちゃんはキャッチボールをしていた。ボールがわりのヤマボウシの実がころがり、ふたりはあたしをみる。


「アス、どうしたんだよ。血相かえて。おばけでも出たのか?」

 丸ぼうず頭のゲンが、からかうようにいう。


「もうおそくなったから、帰ろうか。今日はつかれたよね」

 下駄げたをはいたサブ兄ちゃんが、やさしくあたしを気づかってくれる。


 荒い息をととのえてから、きっぱりとあたしはいう。

「ねぐらに帰ろう。明日もまた、星のかけら探そうよ」


 一人ずつ、手のひらに乗せ肩まで運ぶ。軽くてもちゃんと人間の重さと、あったかい体温が肩へ伝わる。

 両肩にふたり分のあたたかみを感じながら、歩き出した。


 ふたりはちゃんとここにいる。このふたりが老人の心ってどういうこと? じゃあ、あたしはいったいなんなのよ。

 草だらけのけもの道に落ちる自分の影ばかりみて歩いてたら、突然頭の上が明るくなった。


「やった! 今日も星のかけらが落ちた」

 夜空をみあげて、ゲンがはずんだ声でいった。


「あー、でもあれは池の方角からずれてるなあ。上谷かみやの方だ」

 サブ兄ちゃんが、残念そうにいった。


「上谷には、サルがいるじゃねえか。絶対あいつら邪魔じゃましてくるだろうな」

 さっきまではずんでいたゲンの声から、元気がぬけていく。


「大丈夫。あたしがいるんだもん。サルなんかに負けない。絶対負けないんだから」


 みたこともない、上谷のサルに戦いをいどむ勢いであたしはいった。






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